世界へ”FLY”する東大生

~入学して即休学 世界の幼児教育を取材する旅へ

登阪亮哉くん(東京大学)

第25回 欧米の学生の自己発信力と行動力の原点を幼児教育に見た

 ~問題解決や議論に必要な力は日常生活の中で綿密に育まれていく

[欧米の幼児教育調査まとめ]

欧米のエリート層の幼児教育についての取材を通して学んだことを、「カリキュラム」と「先生と子どもの関係」の二点に分けてまとめます。

 

 

1. カリキュラム~授業活動の背景には、学問的な裏付けと明確な目標がある

 

まずカリキュラム全般に関して、学問的な裏付けを重視する姿勢を感じました。例えばVilla Montessoriではモンテッソーリ教育と呼ばれる体系的な教育法を採用していましたが、それによって伸ばす能力についてはヘックマン教授(※1)が提唱した「非認知能力」を採用していました。先生や園長が大学で幼児教育を専門的に学んできたがために、これらについての知識が一通り身に付いているのです。

 

 ※1 ジェームズ・ジョセフ・ヘックマン (James Joseph Heckman、1944年生) は、シカゴ大学の経済学者。2000年に労働経済学の計量経済学的な分析を精緻化したことでアルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞を受賞。[Wikipediaより]

 

 

「非認知能力」とは、IQなどの目に見えて数値化できる能力とは違い、学問に対する意欲やコミュニケーション能力など、定量的に測りにくい能力のことを指し、これが最も伸びやすいのは幼少期であると言われています。ヘックマン教授の研究によると、幼少期に「非認知能力」を伸ばすことを目指す教育は、最も費用対効果が高いそうです。これをどのように伸ばすかについて、Villa Montessoriではモンテッソーリ教育を、Riverdale Country SchoolではAからZまでの標語を用いたCharacter Educationを採用していました。

 

部屋に貼られた、標語とその説明
部屋に貼られた、標語とその説明

自立心と自己発信能力を高める

 

特に日本との違いを感じたことが二点あります。

 

一点目は、充実した施設です。欧米でエリート教育を行う幼稚園では、様々な能力を伸ばすために、徹底的な環境づくりを行っていました。例えばRiverdale Country Schoolの廊下や教室には、何らかの標語とそれを説明した絵や写真が、常に子どもの視界に入るように装飾されていました。またKindergarten Küpkerswegでは、教室や屋外の設備が、身の回りのことを子ども自身が行うという前提のもとに設計されており、自立心を伸ばしたり成功体験による自己肯定感を育んだりしていました。

 

もう一つは、自己発信能力を高めることへの注力です。欧米の幼稚園では、子どもが自分の考えを積極的に発信することをとても重視しており、その練習となる機会を多々作っていました。誕生日の度にみんなの前で過去を振り返るというイベントや、読み聞かせを通して平和とは何かについて問いかける授業などのように、口頭で行うものだけでなく、「自分が1年間で何を学んだかについて絵と文字で伝える」といった機会も与えていました。そして、インタビューでMITの渡邊さんが語ってくださったように、こういった教育の有無によって、結果的に日本と欧米の学生では自己発信能力に差があるということが指摘されています。

 

2.先生と子どもとの関係

~子ども自身が考えたり行動したりする姿勢を身に付けさせる

子どもへの期待値が高い!

本はたくさん置かれているが、ただ読むのではなくそれについて考えたことを発表する
本はたくさん置かれているが、ただ読むのではなくそれについて考えたことを発表する

欧米の幼児教育を観察していて、子どもへの期待値がとても高いことに驚きました。戦争とは何か、平和とは何か、といった難しい概念を、日常的な会話の中で子どもたちに問いかけていたのはとても印象的でした。そして、子どもたちがそれに対してかなり鋭い答えを出していました。

 

「カリキュラム」のところで自己発信能力について述べましたが、このように自分の意見を言語化して発信する能力は、アメリカの学校では成績評価の対象になっているため、幼児期にそれを身に付けることはその後の進学にも有利に働きます。また、小学校以降でも意見が求められる場所で発言がしやすくなり、さらに能力が伸びやすくなると考えられます。

 

そして、このような自己発信能力はチームで問題解決に当たらないといけない場面などで非常に有用です。そのため、特に重視されていると考えられます。

 

 

先生の人数比と学歴への意識

 

欧米の、特にエリート層が通う幼稚園では、先生と子どもの人数比や先生の学歴にかなりこだわっています。一クラス20名を2,3名の先生が担任している場合がほとんどです。この人数比であれば、教室の中で一人ひとりの子どもに学びのきっかけがあった時に誰かの目に留まって、適切な導きを与えることができます。

 

また、学歴に関しては大学卒が当たり前であり、大学院を出た先生もいます。幼児教育の評価が高いイギリスや北欧の大学出身の先生も少なくありません。また、それに加えて就職後に何らかのトレーニングを受ける先生もいます。これにより、先生たちが学問的裏付けに基づく教育を行うことができ、高い効果が得られます。

 

一方で、特に子どもとの接し方の面では、現場での実際の経験が重視されるため、日本のように専門学校を2年で卒業してそのまま働き始めるという選択肢も、その点では意味があると思います。

 

 

教育のメインは先生による「問いかけ」

 

幼稚園の教育では、小学校以降のように教科的な知識を教えるよりも、以前述べた「非認知能力」を伸ばすことが重視されます。そのため、先生は、子どもが自ら考えたり何かをしたりするように導こうとします。その最も効果的な手段が「問いかけ」です。先述のような自己発信能力が十分育まれていれば、「問いかけ」に対する答えを出そうと真剣に考えたり、答えが出せなければ足りない知識を補おうと人に尋ねたりすることができます。このように問いと真剣に向き合う力や好奇心は、その後の学習にも非常に役立ちます。

 

 

以上のように、先生はかなり意識的に子どもを成長させようとしていました。

アジアではどのような違いがあるのか、注意して見ていきたいと思います。

 

※東京大学初年次長期自主活動プログラム(FLY Program)
http://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/academics/zenki/fly/

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