世界へ”FLY”する東大生

~入学して即休学 世界の幼児教育を取材する旅へ

登阪亮哉くん(東京大学)

第4回 休学経験者インタビュー 
休学中、東北の被災地域のNPOで子供たちへの学習支援活動
~休学より重要なのは、価値ある1年をいかに自分で考えて創っていくか

今回は、僕の1年先輩にあたるFLY Program2期生、中村彬裕(なかむらあきひろ)さんを紹介します。FLY Programの参加者の多くは海外に行くのですが、中村さんはずっと日本で活動をしていました。現在は復学し、東大に通っています。FLY Programで得たものが現在にどのように活きているのか、お話を伺いました。

 

中村彬裕さんインタビュー(東京大学 1年・FLY Program 2期生)

昨年2014年の夏、被災地の宮城県気仙沼市、地元のお祭りにて。一番左が中村さん
昨年2014年の夏、被災地の宮城県気仙沼市、地元のお祭りにて。一番左が中村さん

被災地の小中学生に勉強を教える

○休学のきっかけは何だったのでしょうか。

休学したきっかけは、FLY Programを親に紹介されたことでした。


僕はもともと留学などの海外体験に興味があったので、何か機会があればやってみようとは思っていました。そこで、詳しく調べると、このFLY Programでは1年間休学して好きなことができるだけでなく、大学からの資金援助まで得られるとわかりました。こんな恵まれた機会はこれを逃せばもう一生ないと思い、「やるしかない」とFLY Programへの参加を決めました。



○休学中にはどんなことをしていましたか。


東北の被災地域で、NPOでのインターンという形で子供たちへの学習支援を行っていました。具体的には、宮城県気仙沼市のNPO法人「底上げ」と、岩手県大槌町でNPO法人「カタリバ」が運営するコラボスクールというところでインターンをしていました。


気仙沼では、主に放課後の小中学生に勉強を教えていました。子供たちは、勉強したり集まって遊んだりする場所を震災によって失ってしまっていたため、それを提供することが主な役割でした。時間があるときは地元の鮮魚店での手伝いやお祭りの手伝いなどもやっていました。
大槌町では、中学生に対して英語の授業を週2コマ行ったほか、運営にかかわる仕事も手伝っていました。たとえば、ボランティアとしていらっしゃった方々の業務管理などです。忙しいときには1日13時間くらい働いていたかと思います。



○留学を志していたのに、なぜ東北での学習支援をすることにしたのですか。


実は僕、少しあまのじゃくなところがあるんです。だから、FLY Programに参加した人たちのほとんどが海外に行っていたり、ほかの大学生で留学している人も多くいたりする中で、それと同じように海外に行こうとは思わなくなりました。また、そもそも特別な問題意識もないのに海外にいってもあまり意味がないかな、とも思いました。そのため、海外に行くために休学するのはやめようと思いました。


そこで、興味があった地方自治体でのインターンをやってみようかなとも思ったのですが、受け入れ先の当てがなく、合格発表の日の段階ではFLY Programの参加自体もやめてしまってもいいかなという気持ちになっていました。


その気持ちが変わったのは、その翌日の3月11日、新聞記事で東北の復興の現状について取り上げられた特集を見たことがきっかけでした。震災から3年後の東北の様子を知り、自分が東北という近くの地域のことについて、何も知らないことに気づかされたのです。その衝撃から、実際に東北に訪れ、1年そこに身を置いてみなければならないと感じました。


朝にそう思い立ってから1時間後には、東北へのツアーを企画する学生団体の代表にインターン先を紹介してもらえるようお願いし、先ほどのNPO法人底上げを紹介してもらいました。後日、東京にいるNPO法人カタリバの人にもお願いし、コラボスクールを紹介してもらいました。こうして3月11日に決意してから、4月半ばまでにはFLY Programの参加や訪問先まで決まりました。

他人から与えられた問題を解く能力だけでは不十分だと実感

○休学中の活動を通して、どんなことを学びましたか。

中村彬裕さん
中村彬裕さん

少し抽象的になりますが、自分が「できないこと」を知ることができました。


東北に行く前は自分に自信があり、自惚れも多少ありました。休学という、ほかの人と違う選択肢を取れる自分を誇りに思っていた部分もあります。


しかし、東北に行くと、今まで自分が評価されてきた学力などの基準が、社会での主な評価基準ではなかったことを痛烈に感じました。


それをもっとも強く感じたのは、気仙沼での日常でした。気仙沼では子供たちの学習支援をしていましたが、子供たちは午前中には学校に行っているので、僕はずっと暇でした。一方、気仙沼でお世話になったNPO法人底上げには自分のほかに2人インターンがいたのですが、彼らは地元の人と関係を作ることで、空いている時間にツアーの企画や祭りの手伝いなど自分のやりたいことを自分で見つけて活動していました。彼らと比べ、何もできない自分が恥ずかしく、悔しかったのですが、どうすればその状況を打開できるのかわかりませんでした。


この時に、それまでの人生のような、他人から与えられた問題を解く能力だけでは不十分で、自分で課題を設定して行動できなければならないことを実感しました。この気づきを得られたことが、休学中のもっとも良かったことです。

 


○休学中の経験は、今にどう活きていますか。


先ほどの話ともかかわってきますが、自分がやりたいことを自分で探せるようになったことが大きいと思います。気仙沼や大槌町では周りの人からアドバイスをもらい、最初はなんでもいいからやってみて、徐々に自分がやりたいことを考えて絞り込んでいけるようになりました。これが現在の大学生活でもとても役立っています。自分の興味があることを考え、目的意識をもって、自分で活動を探していけるようになったのです。


また、もう一つとても重要なことがあります。それは、仲間ができたということです。
仲間は友達とは違い、「何かやりたい」と思ったときに実際に協力してくれて、実行できる存在です。東北で過ごした1年間を通じて、こうした仲間ができたことが、今の自分の強みになっていると思います。実際に今、仲間と一緒に気仙沼の観光に関するプロジェクトを進めています。

 

 

○中村さんにとって、休学の意義とは何だと思いますか。


僕個人にとっての話になりますが、中高一貫の進学校から東大へ行くと、ずっと同じような考え方の人としか付き合わないため、どうしても価値基準が固定されてしまいます。それを一度リセットできたのが、とても意義深かったと思います。今後また基準が偏ってしまっても、一度このような経験をすれば再び修正することが可能なので、休学してよかったと思います。

 


○休学を考える人に対してメッセージを一言お願いします。


自分の好きなことをすればいいと思います。

 

実際のところ、休学してもしなくても、実は1年間の価値はそんなに変わらないような気がします。1年間の価値は、休学するかどうかよりも、自分がその1年をどう価値あるものにしようとするかにかかっています。だから、僕は休学をあえて勧めることはしません。重要なのは、価値ある1年をいかに自分で考えて創っていくかということです。


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