地球時代、今を生きる学問

メディア考現学入門

稲増 龍夫(法政大学社会学部教授)


大学の授業は物足りないのか?

私は大学で「メディア文化論」という講義を担当し、AKB48論などを含めた、おもに現代社会のメディア現象についての社会科学的分析を展開しています。高校生の皆さんからしたら、AKB48が学問の対象であるなんておもしろそうだと思うかもしれないし、逆に、なんか、うさんくさいと思うかもしれませんね。


ちなみに、多くの新入生が、大学の授業は何か物足りず、よほど予備校の授業の方が刺激的でよかったという感想を抱くようです。これは大学人の怠慢もあるかもしれませんが、予備校では、「点数」という絶対的基準があって、その数値を少しでも上げるために、おもしろく、あるいはわかりやすく授業がおこなわれているからです。

 

 

高校までの「勉強」は実感があったが

 

これに対して大学(特に社会科学系)では、それぞれの授業の目標が明示されているわけではありません。実際、「資格を取るための必須科目」などの例をのぞけば、偏差値が上がるなどの目に見える効果が期待できず、「今、この科目を勉強して何になるのだろうか」という目標喪失感に陥ったりするのです。しかも、理系では、ある程度まで学習段階を踏んでいく必要があるけれども、文系だと、それぞれの科目が単発的で、おうおうにして、進級や卒業のために単位を取っていくという、受け身の学習態度になってしまうのです。

 

そもそも、高校までの「勉強」体験は、基本的に新しい「知識」を獲得する積み重ね方式でした。たとえば「数学」などはその典型でしょうが、教科書を開けていくと、「三角関数」だの「微分積分」など、今までの日常生活では想像もできなかった「未知の知識」が登場し、「新しい知識が身についた」という「勉強」の実感が得られたのです。

 

 

「知恵」を磨く、正解のない学びが始まる


しかし、私のように、皆さんが日頃接している文化現象を研究対象にしていると、個々には「どこかで聞いたことがあるような話」に聞こえ、新しい「未知の知識」を習得していくという「高校的学習観」からすると、新奇性が足りなく感じてしまうかもしれません。


大学での学問(特に社会科学系)は、今まで習ってきた「知識」を駆使して現実の社会を理解し、個別の社会問題の解決に資するという使命を有しており、あえて「知識」に対抗する言葉を使うなら、「知恵」を磨くという「実践的応用」が大事になってくるのです。この違いを端的に際立たせるなら、高校までの「知識」には「正解」があるけれど、大学で得られる「知恵」には「正解」がない、と言えるでしょう。

 

つまり、唯一の「正解」があるからこそ、勉強する側も、安心して「勉強」し「知識」を頭の中に詰め込んでいくことで「進歩」していけたのですが、「知恵」は曖昧かつ相対的で、別の見方が成立することも否定しません。つまり「正解」がいくつも存在するわけで、事実、正しい経済学を学べば「不況」を克服する「正解」が得られるのなら、とっくに「不況」から脱却しているはずなのに、経済学者の間でも議論は大きく分かれているのです。


これは、現実の社会自体が複雑で多面的なのだから当然と言えます。ただ一方で、物理学や数学のように「正解」が明快で、すべてを包括する「グランドセオリー」を待望する声もありますが、少なくとも現時点において、社会科学で、そういう包括的でオールマイティな万能理論はないというのが社会科学者の常識なのです。

 

 

一面的な常識にとらわれない、多様な「ものの見方」を身につける

 

だからこそ、われわれ社会科学者は、できるだけ多様な「ものの見方」を提示し、みなさんが、現代社会を多面的にとらえる視点を身につけて、一面的な常識にとらわれない、しなやかなでたくましい知性を磨いてほしいのです。

 

とまあ、本第に入る前の理屈が長過ぎて、あきてしまったかもしれませんね。これからの連載にあたって、テーマが身近であるだけに、ともすると、「へりくつである」とか「こじつけである」とかの印象を感じるかもしれないので、先に、言い訳をしておきました。


社会科学は「理論モデル」を構築して社会を理解するというスタンスを取っています。「モデル」とは「ものの見方」であり、「真実」ではありません。そこを理解したしていただいた上で、次回はAKB48をとりあげ、社会科学的「ものの見方」の実例をしめしてみます。

 

プロフィール

稲増 龍夫(いなます たつお)

法政大学社会学部教授

 

1952年生まれ。日本におけるメディア論、特にアイドルやJ-POP、ゲームなどの研究の第一人者。学生の教育にも定評があり、ゼミの実習で毎年学生が制作するゼミのプロモーションビデオは、「カウントダウンTV」(TBS系・土曜深夜放送)のパロディー形式の凝った作りで、バラエティー番組で紹介されたことも。卒業生にはマスコミや映像制作関係者が多い。 

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