地球時代、今を生きる学問

AKBから読みとろう!いまどきの人間関係

第1回

AKBの人気と現代社会

土井 隆義(筑波大学大学院人文社会科学研究科教授) 


盛り上がったAKB総選挙

 

2012年の春は、日本中が総選挙で盛り上がりました。といっても国政選挙のことではありません。皆さんよくご存知のAKB48選抜総選挙のことです。このイベントは、いまや巷では国政選挙をしのぐ勢いとも囁かれているようです。皆さんの中にも、きっと投票した人が大勢いることでしょう。日本武道館で開催された開票イベントの熱気に満ちた様子は、テレビでも全国生中継され、かなりの高視聴率を稼ぎました。

 

このイベントが興味深いのは、単なる人気投票とは違って、次に発売のCDで歌う権利が、当選したメンバーに与えられる点にあります。AKBのメンバーにとっては、まさにアイドル生命をかけた真剣勝負です。ときには涙を流しながら、開票結果に一喜一憂する彼女たちの姿は、まるで国際スポーツ大会の決勝戦を眺めているようで、こちらの気分まで高まりました。

 

一切加えないプロの評価


さらにこのイベントが興味をそそるのは、ファンからの投票数だけで、選抜メンバーの当落が決する仕組みになっている点です。これまで芸能界で活躍するタレントの評価では、たんにCDの売上枚数だけでなく、芸能のプロたちが歌唱力や表現力などを見定めて評価点を加えていました。それがタレントのプロモーションの行方を大きく左右していたのです。芸能界で成功するためには、まずはプロに目を留めてもらうことが必要でした。


ところが、AKB総選挙では、そのようなプロの視点による評価をいっさい設けていません。そういった玄人の評価は、判断のプロセスがファンから見えませんし、そもそも判断自体にファンの意見を反映させにくいからでしょう。その点で、本人の技のレベルを競うスポーツ大会とは、じつは根本的に異なっています。あくまでもファンの評価だけが運命を左右するのです。


このイベントは、AKBの総合プロデューサーである「やすす」こと秋元康さんが、それまで自分が独断で選抜メンバーを決めていたのに対して、ファンたちからの批判が高まったことを契機に始まったようです。しかし、そこはさすが「おニャン子クラブ」をかつて世に出した名プロデューサーです。業界側のプロの判断をいっさい加えないほうが、むしろビジネスとして成功すると判断したに違いありません。

 

AKB現象とポピュリズム

 

結果は、まさにその通りになりました。その点で、AKBが大躍進した鍵は、一般のファンという大衆の意見を、芸能活動に徹底的に反映させ尽くした点にあるといえます。ファンにとっては、業界側の判断によって一票の重みが左右されることがないので、自分たちの力だけで目当てのメンバーを育て上げる実感を味わうことができます。そのうち詳しく触れたいと思いますが、これは素人判断が玄人判断を駆逐するという点で、今日の時代精神と大きく重なっています。

 

政治の分野では、このように民意を徹底的に活用して政治活動を行なう姿勢をポピュリズムと呼んでいます。多くの場合、右にも左にも安易になびきやすい大衆の心情をうまく操作し、それを動員することで自らの政治的野心を実現するといったネガティヴなトーンで使われやすいのですが、AKBのプロモーションはあくまでビジネスの一環です。その点では、消費者のニーズをうまく掘り起こす卓越したシステムといってよいでしょう。

 

また、そのような観点から見れば、ファンたちとの握手会も戦略的に秀逸なシステムといえます。個別のメンバーの前にずらっと並ぶファンの数によって、彼女たちの人気度が見事に可視化されますから、推しメン(自分が推したいメンバー)を目立たせようと、がぜんファンたちは張り切ることになります。得票数が多ければ多いほど個々人の貢献度が見えにくくなる選挙とは違って、自分の立ち位置が他のファンの行動にじかに影響を与えるからです。ちょうど政治家の演説会に並ぶ支持者のような感覚ですね。

 

もっとも、総選挙のほうは、発売中のCDに投票券が付いてくるため、国政選挙のように一人一票ではありません。複数枚のCDを購入すれば、複数の投票権を獲得することができます。個々のファンの意思が選挙の結果に平等に反映されるわけではないのです。その影響力は個人の投資額に応じて変化しますから、いわば株主投票のようなものです。

 

CDの売上枚数が投票数に直結するという点では、これはたしかに消費者至上主義といえます。しかし、文化現象としてみた場合、それはまた同時に、新自由主義と呼ばれる社会思想とも重なってくるものです。次回以降のこのエッセイでは、AKBの人気の秘密から、このような現代社会の特徴を考えていくことにしましょう。

 

 

プロフィール

土井 隆義 (どい たかよし)

筑波大学大学院人文社会科学研究科教授

 

1960年生まれ。現代の青少年が抱える「生きづらさ」の多彩な現実と、その背景にある社会的要因について、青少年犯罪などの病理現象を糸口に、人間関係論の観点から考察を進めている。いじめ問題についてもしばしば言及し、20127月に朝日新聞に掲載された『いじめられている君へ』は大きな反響を呼んだ。著書に『友だち地獄』(ちくま新書)や、『「個性」を煽(あお)られる子どもたち』(岩波ブックレット)、『キャラ化する/される子どもたち』(同)など。


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