2016ひろしま総文 自然科学部門

年間1万匹のカイコを育てる最適な人工飼料とは?

【化学】島根県立益田高校自然科学部

福満和さん(3年)
福満和さん(3年)

■部員数

13人(うち1年生3人・2年生5人・3年生5人)

■書いてくれた人

福満和さん(3年)

 

クワの葉を使わないカイコの人工飼料の研究

カイコは「クワの葉しか食べない」理由が知りたい

私はこれまで10年間、カイコについての研究を行ってきました。

 

生糸を作り出すカイコは、クワの葉を食べて成長します。50年前の研究で、クワの葉を食べる理由が解明されましたが、クワの葉しか食べない理由はよくわかりませんでした。

 

カイコの研究者の浜村保次氏(京都工業繊維大学)の唱えた説は、「クワの葉にはカイコの好きな物質が含まれている」というものでした。しかし、その物質はクワの葉だけでなく広くいろいろな植物に含まれていることがわかりました。

 

同じく研究者の福田紀文氏(農林省蚕糸試験場)の説は、「カイコの嫌いなものが含まれていない」というものでした。さらに石川誠男氏(農林省蚕糸試験場)の説は、「匂いで惹きつけられ、味で食べるかどうか判断する」というものでした。これらを元に、カイコの人工飼料が作成されました。

 

近年の東原和成氏(東京大学)の研究によって、シスジャスモンという物質に惹きつけられていることは解明されました。しかし、クワの葉しか食べない理由はわかりませんでした。

 

高価なカイコの餌、代替品はないのだろうか?

現在一般に用いられている人工飼料は、30%がクワの葉の粉末です。1袋について500gで1000円と、とても高価です。

カイコには、クワ科やキク科の植物に限らずいろいろな種類の植物を食べる「広食性」のカイコもいますが、あまり普及していません。

 

そこで、この研究では

・クワの葉を含まない人工飼料で繭を作らせること

・その人工飼料は手に入れやすくて安価な物にすること

を目標にしました。

 

実験「食べるか・匂いを嗅ぐか・無反応か?」

実験に使ったカイコは、錦秋鐘和という、一般に飼育されている品種です。

 

最初にこれが広食性のカイコ、つまりクワ科やキク科以外の植物でも食べるカイコではないことを確認しました。

 

図の通り、白菜、キャベツ、リンゴを食べませんでした。

 

また、クワの葉以外について調べると、サクラ、カキ、スペアミントは食べず、ジャスミンは匂いを嗅いだだけでした。匂いを嗅いだというのは、カイコがその葉に興味を示し、付近に長い時間とどまっていたことから判断しました。

クワ科、キク科の植物を食べるか確認しました。

 

すると、イチジク、レタス、タンポポは食べることがわかりました。イチジク、レタスの中には育つのに必要な栄養が含まれていないため、成長しません。

 

これらの植物の共通点は白い乳液を持っていることでした。クワ科やキク科の植物は白い乳液を出します。これは毒性があり、一般には昆虫に食べられるのを防いでいますが、カイコはクワの乳液に耐性があります。

実験「食べるのに必要な化学物質はあるか?」

次に、食べるために必要な化学物質は何かを調べました。

 

材料はリンゴを使うことにしました。リンゴにはカイコに必要な養分と水分、具体的には糖類、カルシウム、ビタミンCを含むので適当でした。ただし、リンゴそのものだけでは食べないことは確認しました。

 

いろいろな植物の生の葉の液をかけてみました。結果は、イチジクとクワの場合だけ食べました。

次に、いろいろな植物の葉のエタノール抽出物をリンゴにかけて実験しました。すると、全部食べました。

それでは生の葉の液とエタノール抽出物の違いは何なのでしょうか。

 

エタノール抽出物に共通に含まれている物質を確かめるために、ガスクロマトグラフィーで調べました。すると、分子量約285の「パルミチン酸エチル」が含まれていました。

 

また、各エタノール抽出物には特徴的な「香りの物質」が含まれていることもわかりました。

実験結果をもとに人工飼料を作ってみた!

ここまでで得た知見を活かし、広食性への人工飼料に化学物質を添加して、普通のカイコの餌にすることを試みました。

葉のエタノール抽出液や、パルミチン酸メチル、特徴的な香りの物質を人工飼料に混ぜて餌としましたが、十分には育ちませんでした。

 

餌を食べたかどうかは、糞をしているかどうかで判断しました。2令まで育ちませんでした。

 

次に、人工飼料にクワ、イチジク、タンポポの乳液を加えて実験しました。これらは2令まで育ちました。

 

レタスの乳液を加えたものでは、3令まで育ちました。

 

さらに手に入れやすく安価なものを目指して、学校の周りに生えている雑草でも試してみました。すると、ノゲシを使った時には繭を作ることに成功しました。

これらのことを総合して、カイコが繭を作るまでに必要な栄養を考え、自分で人工飼料を作ってみました。これにあたっては、過去の論文を参考とし、また炭酸カルシウムも添加しました。

 

材料は図の通りです。するとカイコは餌を食べ、繭を作りました。

 

次に、クワの粉末を生のノゲシの葉に変えて実験を行いました。ミキサーでつぶして加えました。5令まで育つものの、繭を作らず、普通の人工飼料で育てたカイコより成長が遅いことがわかりました。

 

そこで、ノゲシ、レタス、クワに共通する3つの化学物質を利用すると、繭を作りました。このカイコは、普通の人工飼料で育てたカイコより体色が薄くなりました。

 

もう一つの研究「繭に色をつける」の可能性も

私は、このクワの葉を使わない人工飼料の作成の研究と、繭に色をつける研究を同時に行っています。

 

実は、私はこの2つはお互いに関係のないものと思っていました。しかし、先行研究によると、クワの葉には繭の着色を阻害する成分があることがわかりました。

 

人工飼料に混ぜる色素の量が多いと、カイコの負担となります。色をつけるのを阻害する成分が少ないノゲシの葉を利用することで、少ない量の色素で繭自体に色をつけることができます。

 

植物の乳液は有効な利用方法が確立されていないので、さらに探っていきたいです。

 

■研究を始めた理由・経緯は?

 

はじめは図鑑で見た繭にきれいな色をつけたいという目的だけでした。しかし現在は繭から色のついた絹糸をつくり、地域の特産品ができないかを考えています。

 

■今回の研究にかかった時間はどのくらい?

 

この研究を始めて10年目になります。1年間に1万匹くらいのカイコを育てています。少しずつ実験の条件を変えて飼育しているので、毎日カイコの世話に3時間くらいかかります。

 

■今回の研究で苦労したことは?

 

繭に均一に色をつけることができるようになるまで6年かかりました。

 

■「ココは工夫した」「ココを見てほしい」という点は?

 

ふつうは、色のついた繭からでも色のついた絹糸はできません。この方法でだけ色のついた絹糸ができ、ストールを編むことができました。

 

※写真はローダミンBの繭からできた絹糸を使ったストール

■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究

 

1)「家蚕の食性に関する研究(Ⅰ)宿主植物選択性特に摂食抑制機構の分析」石川誠男・平尾常男 (養蚕報20,291-321(1966))

2)「フラボノイド添加人工飼料育蚕における繭の着色」浜野国勝・岡野俊彦(日蚕雑58(2)、140-144(1989))

3)「クワは乳液で昆虫から身をまもる-植物乳液に農薬・医薬としての可能性」今野浩太郎(Brainテクノニュース115.19-24(2006))

4)「家蚕および野蚕の人工飼料」福田紀文(日本蚕糸新聞社)

5)「カイコの人工飼料への道」浜村保次(みすず書房)

6)「フラボノイド添加人工飼料育蚕における繭の着色」浜野国勝・岡野俊彦(日蚕雑58(2)、140-144(1989))

 

■ふだんの活動では何をしていますか?

 

「出前実験」や「理科読を楽しむ会」などの小学校・中学校へのアウトリーチ活動を行っています。

 

■総文祭に参加して

 

広島県の高校生の皆さんの時間をかけて考え抜かれた企画や、心のこもった運営により気持ちよく参加することができました。とてもいい思い出ができました。広島県の高校生の皆さんありがとうございました。

 

※益田高校は、ポスター部門でも「ローダミンBの赤い繭・青い繭」について発表し、ポスター部門の文部科学大臣賞を受賞しました。

 

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