From the Hub of Asia ~シンガポールから考えた高校・大学の学び

村田幸優くん シンガポール国立大学(National University of Singapore:NUS)

第8回 未来の留学生へ~“逃げの留学”にしないために

留学を通じて感じたことを、留学を考える後輩の皆さん、あるいは1年前の自分へメッセージを送るとして、書き記します。 

 

 

時間を過ごすのは簡単でも、時間を使うのは難しい

 

この連載の最後に一つメッセージを残すとすれば、「“逃げの留学”にするな」ということ。

 

今、本当に簡単に留学できるようになりました。学校提携も奨学金も増えました。しかも、留学経験がありますというだけでプラスに評価されることも多い。正直、就職でもそうです。

 

だから、“置きに行く”選択肢、“逃げ”の選択肢として、留学できてしまいます。「先輩も行ってるし、何か価値観が変わりそうやし、留学しておこうか」的な。そんな人が増えてきたな、と見ていて思うし、自分が留学を決めた時も、その”逃げ”の姿勢が混ざっていることは否定できませんでした。

 

だからこそ気をつけたいのは、「交換留学は、短期の海外プログラムが集合して半年や1年になったものではない」ということです。ただ住む場所を移し、行く学校を変え、そこで1年過ごすという、ただそれだけのことに過ぎません。つまり、短期プログラムのように毎日充実のプログラムが組まれているわけではないので、ふつうに日本にいる時みたいに、黙っていてもイベントやご飯に誘ってもらったりするわけではありません。さらに、最初は所属も何もないから、他人の目線や社会的な理由から「しなければならないこと」もないのです。

 

そんな何をしてもいい状態になった時、もし「〜を勉強しながら、価値観が変われば嬉しい」くらいのテンションで留学したらどうなるか。

 

人はやることがなくなってYouTubeを見始めます。

 

自分も含めた何人もから、そうした体験談を聞く中で、これは怠惰なんじゃなくて、むしろ真面目な人ほどそうなってしまう傾向があると思いました。「こうならねばならない」「こうした力をつけなければならない」「そのために留学で〜しなけれならない」みたいな規範だけで動いて、WhyとかHowを掘り下げないと、本当に自由な生活を手にした時に人は虚無になります。

 

そもそも、わざわざ留学に行きたいと思ったり、選考を通ったりする人は、日本で1年過ごしたら絶対それなりのことしているのだと思います。もし日本にいたかもしれない1年と比較した時に、それでも後から「留学して良かった」と言えるかどうか。どうやって自分にとって意義のある留学に向けて準備ができるのか。そこを考えたいと思います。

 

 

「なぜ留学したいのか」という問いと徹底的に向き合う

 

気持ちの話と、具体的な準備の話に分けてみましょう。

 

まず気持ちの話としては、「私はなぜ留学したいのか。ひいては何をして生きられたら自分は楽しくて、何をして死ねたら自分は喜ぶのか」をひたすら問い続けることだと思います。大袈裟に聞こえるかもしれませんが、留学は、あくまで「何も降ってこない場所」へ移るだけなので、そこを考えないとただ「留学生活」を送るだけで時間が過ぎていきます。

 

好きなことに没頭するか、想像力を広げ、不安な未来の問題解決のために力を養うか。留学の選考で「将来の日本のために」みたいな文脈でよく語られる「国」という単位自体にも、本当に自分の個人としてのアイデンティティを委ねるだけの求心力を感じているのか。

 

自分はなかなか没頭できるものが見つけられなかったけれど、孫正義氏がトビタテ奨学金1期生に向けて送ったこの講演を最近知り、準備期に出会えていたら良かったと思いました。

[講演]https://www.youtube.com/watch?v=xTZRj-as2WI

[全文]https://curazy.com/archives/70653

 

海外に行くお金がどこから出ているのか。そのお金は自分に対してどういう想いで託されているのか。それができる今の日本の環境を作ってくれた先人は、家族は、友人は、なぜ留学を許してくれるのか、応援してもらえるのか。

 

いま留学できる「当たり前」を、周りの空気で当たり前と感じず、ちゃんと相対化すること。その無償の幸せを噛みしめ、今を築いた人に感謝すること。そうした気づきは、たとえ自分の道筋に答えが出なくても、問い続ける姿勢を支える力につながります。

 


留学中、寮の友人が交通事故で亡くなった。自分は何をして今を生き、何を残して死ぬのか。言葉にし難い悲しい気持ちの中で考えた

 

 

留学はチーム戦?!自分のプランを周りの人にぶつけてみる

 

そして、留学への前向きな気持ちを持ったとして、次に具体的にどういう計画を立て、準備をするのかという話。カギは、人に話をたくさん聞き、具体的なマイルストーンを置くことで、フィクションの計画を壊すに尽きる。

 

具体的な計画は必要ないというスタイルの人は、それで問題ありません。そもそも留学の申請時に、「1年後から始まる異国での1年間の留学計画を提出しろ」と要求されるのも無茶だと思うし、現地での面白いことは、たいてい想像力の向こう側からやって来ます。

 

ただ、後輩の計画書の添削をしていても自分の1年前の計画書を見返しても、あまりにフィクションで語られていることが多いと感じます。それを更新することなく現地に向かうパターンも同様に多いのです。

 

自分の準備期で印象に残っているのは、友人に、「こういう授業受けて、こういうデータとって、あと語学強くなって…」と計画を話していた時に、返って来た言葉です。

「それ、村田なら3か月でできるんちゃう?」

 指摘されるまで、1年という長い期間のイメージがついていませんでした。

 

渡航9ヶ月前の学校への提出資料。無自覚に言葉が浮き、フィクションの塊となっている。
渡航9ヶ月前の学校への提出資料。無自覚に言葉が浮き、フィクションの塊となっている。

もう一つ思い出すのは、東大に留学するというNUSの友達からオススメの授業を聞かれた時、自分が思わず返した答えです。

 

「むしろ、日常に授業が占める割合を半分以下に抑えろ」

 

東大教養学部の留学生向け授業は広く浅いし、彼は自分の価値観とぶつける留学にしたいそうなので、それならプロジェクトや団体に参加して、教室外の時間を増やした方が圧倒的に密なコミュニケーションが取れると思いました。

 

視点を逆にすると、ほとんどの日本からの留学生も同じ感じだと気づきます。直接よく知る人に聞くと世界は一気に広がるし、知らないことは、一人で考えてもわかりません。だからまずは自分の仮案を、先輩や現地の人にぶつけて叩いてもらうことです。留学はチーム戦です。

 

ただ授業を受けるだけでなく、留学生しかできないことに挑戦してみる

 

話はたくさん聞けたとして、では具体的にマイルストーンを置くとはどういうイメージでしょうか。

 

例えば、仮に「イギリスで比較政治を学びたい」という後輩がいたとします。その人に問うてみたいのは、「政治を勉強したくて大学の授業を1年受けた人がいたとして、何が身についたと思うか」ということです。せっかく海外に行くなら、あくまで一案ですが、

(1)授業+(2)がっつり議論できる現地の友人と教授+(3)現場での学び+(4)アウトプット先や着地点、

まで考えると、もっと楽しくなるのではないでしょうか。

 

授業については、留学の申請前にシラバスに加えて先生の経歴をググって授業評価の口コミを聴き、探します。そして、自分が大学で書いた渾身のレポートや何か制作物があるなら、事前に可能な限り英訳しておきます。簡易版だけでもOKで、それを送ったり見せたりできるようにしておきます。そして、現地に行ったら、その制作物を片手に、その学校の政治が詳しいコミュニティに入ったり、教授のオフィスアワーに訪ねたりしていきます。そういう人たちは、実際の政治家とか官僚の知り合いが多かったり、インターンをしていたりで、今のナマの現状を基にした面白い話や議論ができる可能性が高いです。その結果、その後の人生ずっと相談し合えるような友達、教授と一人でも出会えたら、結構すごいことだと思います。

 

現場に関しては、その友人や教授の紹介でイベントに参加したり、現場で働くステークホルダーに会えたりするだけでも楽しいですが、もっと頑張って「ヨーロッパ横断リアルタイム政治レポート」とかしてみても学びが深まるのではないかと思います。まず自分が留学している間に起きる(であろう)ヨーロッパ全体の重要な政治イベントを全部プロットし、そして可能な限り国をまたいで行ってみるのです(授業の成績とどちらが大事かは自分の判断で!)。

 

関係者にアポを取り、話を聴き、わらしべ長者的に、会う人ごとに別の人と繋いでもらい、記事にしてアウトプットする。卒論を見越した社会調査をする。このレポートの面白さは、その人でないと誰も書けないことです。その瞬間現地に行ける人が少ないのと、大人は時間がなくて、かつ時間を取れたとしても何かしらの組織での立場を持っていることが多いので、自由な発言もしづらいものです。学生で、長期間ヨーロッパにいて、政治をそれなりに勉強していて、日本と比較して思ったことを発信できるという点で、その人しかできないものができるはずです。

 

アウトプット先としては、発信する母体を作ってもいいし、卒論につなげてもいい。望むなら政府系機関のインターンに応募する際の実績として機能するように、調整してみるのもいいでしょう。

そこまでやったら絶対楽しいはずです。どうでしょうか。

 

まとめると、やりたいことがある人もない人も、先輩や現地の人に話を聴き、選択肢を切り開き、行動を具体に落としていくこと。現実に沿うことはなかったとしても、現地で自分の想像力の外側にある面白いことやチャンスを掴むことに繋がっていきます。

 

ここまで言っておいてなんですが、僕は上で書いたようなマイルストーンの設定も甘かったし、その半分も達成できませんでした。目標を立てて努力をしただけよかったけれど、もっと楽しめたように思います。僕の屍を越えていくつもりで、挑戦してもらえればと思います。

 

自分と向き合ったことから得られたこと

 

ネガティブな話も続いたけれど、留学に行って本当に良かったと思います。

 

今の日常が充実しているのも、自分の人生のイニシアチブを自分で握れている感覚があるからです。それは、他者や社会の視点から離れた留学先で、自分の感情に素直になって、0→1で何かを作る感覚を知ることができたからです。何かを生み出し、生き様を刻み、自分の人生を生きるのが今は楽しいのです。

 

最近、新たにエンジニアインターンを始められたのも、自分が経験ゼロの分野で学び始める勇気がやっと持てたからですし、それはテクノロジーが社会を変え続けるシンガポールに浸ったからでもあります。まだ学びたいこと、足りないこと、見たい世界が無限にあることにも気づきました。

 

今、僕が教養学部の4年間に誇りを持てるのも、留学先で本当の「独り」を経験して、社会や人間を熟視し続けた先人の思想と共に、自分の精神構造と向き合ったからです。その結果、自分は他者なしで生きられない存在だと受け入れられ、支えてくれる友達の存在の有難さに気づきました。まだ受け取ったものも想いも、何も返しきれていません。

 

そんな想像力が広がったのは、留学に行ったからだと、今なら確かに思うことができます。

 

時間を過ごすのは簡単でも、時間を使うのは難しい。

だからこそ、逃げの留学にするな。

フィクションの計画を破壊してもらえ。

“あなたにとって”一番いい留学を追求し続けろ。

 

これを後輩へ伝えたい最後のメッセージとして、連載の締めとします。

 

 

一見“べき論”が多いような文章になってしまいましたが、留学に関してこれが主流だとかこうすべきといったことを示す意図はなく、一個人の一経験からの一想いであることをご了承ください。

 

究極的には、あなたが幸せに生きることが一番大事だと思っています。そんなあなたの留学が、あなたにとってかけがえのない経験になることを祈ります。何かあればfacebookやtwitterでご連絡ください。

これまでこの連載を読んでいただき、本当にありがとうございました。

 

村田幸優(ゆきひろ)くん:東京大学教養学部からの交換留学で、シンガポール国立大学(National University of Singapore:NUS)に留学中。高校2年生の時、模擬国連大会の日本代表として国際大会に出場。中高時代はワンダーフォーゲル部に所属して各地の山を渡り歩く。料理の腕前は誰もが認めるところ。

 

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