地球時代、今を生きる学問

オトナになる~ちきゅう学で考える

第2回

大人になる日

丸山 茂徳(東京工業大学理工学研究科地球惑星科学専攻教授)


あれから1年、家族は、うるさいが、まだ全員無事に生きている。危ういところで、俺はまだ不良にはなっていない。浪人1年目はもう終わりだが、大学はどうにか、ひっかかりそうだ。でも私立だから、授業料が大変だ。親に相談したが、『大丈夫、どうにかするよ』という白髪交じりの親の小さくなった後ろ姿を見るのは辛いな。

 

浪人して、実家から離れて一人暮らしをしてみると、新しい友達が増えて、世界が広がったような気がする。世界が広がると、不思議に親や家族が愛おしくなる。なぜだろう。あれだけ俺に干渉して大嫌いだった父さんと母さんが、世界で一人ぼっちの俺の唯一の味方だというのが身に染みてわかった。親は、生きてきた時間が長いから、いろいろな経験を通じて、俺の未来が見えるのだろう。先が見えるので、未来の試練に打ち勝てるように、若いころに力をつけさせるために、俺にガミガミ言ってきたのだろう。俺のことを体の一部だと思ってきたから厳しかったのだろう。その味方がいつまでもこの世に生き永らえて、俺を守ってくれる保証はまったくないのだ。親は子供よりも確実に先に死ぬからな。

 

(1)反抗期


生きる世界が小さいとき、すなわち子供の時代には、その世界の絶対者、支配者が親なのだと思う。親はその小さな世界の家庭で子供を育て、やがて、子供を社会へ送り出す。親は巨大な空間的広がりに、育てた子供を送り出さねばならないのだ。何故なら、家族という単位も社会があって初めて成り立つものなので、社会との関係が断絶して成立するものではないからだ。社会との関係は、毎日の生活の中の殆どを占めている。水道、電気、ガス、電話、TV、学校、病院、保険、消防、町内会、選挙、スーパー(コンビニ)を通じて食料の確保など、毎日の生活そのものが、家族と周辺の関係性の上で成り立っているからだ。家族だけで閉じた世界は存在しえないのだ。

 

家族という小さな世界から、子供の歴史が始まる。その世界の絶対者への反抗、やがて、家族+学校へと世界は広がる。その世界の支配者への反抗が始まる。ここまでの時代の子供の精神的発達の特徴的な時代を反抗期と呼ぶのだ。

 

犬や猫に反抗期はあるか?よく観察してみたらいい。ない。なぜ無いか?知性がない動物の世界では、絶対的な力だけが支配する世界で、これは極めて単純だからだろう。人間と動物を分けるのは、知性である。人間が、700万年の進化の歴史の中で、動物の世界から逸脱して独自の歴史を歩み始めたのは、知性が暴力的支配を抑える源泉であることを発明してからだ。それは5000年前の国家という巨大組織の発明からだろう。貨幣、文字、経済、裁判所、警察、公務員、税金、戸籍などが発明され、巨大な共同体が誕生してからだ。これは、この小さなエッセーシリーズの中で後に詳しく取り上げよう。

 

(2)世界が大きくなる日


君たちは、中高生だから、まだ小さな世界の中で生きている。家族と学校という、今日の巨大化した生活空間(グローバル)に比べて、1億分の1よりも小さな空間の中で、その支配者達との葛藤の毎日だ。頑張りたまえ。

 

しかし、そういう猥雑な世界と一対一に対応する時間的余裕などないよ。数年後に君たちはもっと巨大なグローバルな世界に否応なく放り出されるのだから。それまでに力をつけなくちゃ。その世界は、それまでに経験したことがない巨大さと残忍さを持ち合わせている。君たちの両親や爺ちゃんが経験したことがない新しい時代が始まったのだ。21世紀は、両親の青春時代とは違う。世界が日本を超えて全地球に広がり、毎日の生活までグローバルになり、そこから逃げられないのだ。

 

 

(2)- 1 知性を自力で獲得せよ

 

ではグローバル化した新世界の時代の敗残者ではなく、逆に急激に展開する新時代をビッグチャンスだと捉えて、開拓者として世界をリードするにはどうすればいいのか。生き残るにはそれしか道はないぜ。

 

新世界に目覚め、その世界に夢を馳せた先駆者を見てみよう。身近な例をとれば、日本の場合、明治維新に活躍した幕末の武士達だろう。彼らが何を考え、命を懸けた人生を送ったのか、それを見てみよう。第一世代(長州吉田松陰、土佐藩武市半平太など)は犯罪者の汚名とともに世界から抹殺された。命を懸け、犯罪者となる宿命を持つ。第2世代(坂本龍馬など)は革命寸前まで世論をリードできるが寸前で息絶えた。革命の果実は味わえない。最も慎重に巧妙に生きたのが、第3世代(大久保利通・井上薫など)で、革命の利益を味わい、新体制の指導者となった。革命の別人種であった商人と共に成金財閥を創りだす。君らは、これら3種類のグループのどのタイプの人生を送りたいのだ。そして彼らがそのような人生を送りえたのは何故だ。彼らが必要とした知識は何であったのか?

 

君たちが生きる21世紀の新時代の空間は日本のような小さな島国規模ではない。全地球規模なのだ。人類史上初めて起きる今世紀の大革命をリードする為には、君たちに何が必要なのか。その為の知性をどうやって獲得するのか、それをこれから考えよう。(続く) 


プロフィール

丸山 茂徳(まるやま しげのり)

東京工業大学理工学研究科地球惑星科学専攻教授


1949年生れ。専門分野は 野外地質学、変成岩岩石学、惑星テクトニクス、地球史。従来のプレートテクトニクス理論に対して、マントル全体の動きを仮設する「プルームテクトニクス」を提唱し、地質学界に衝撃を与えた(1994年)。最近は、惑星の地殻変動と生物進化の歴史を関連付けたり、人間の文明や戦争の歴史を、地学の立場から見直したりなど、学際的な研究も行っている。『ココロにのこる科学のおはなし』 (数研出版)、『46億年 地球は何をしてきたか?』(岩波書店)など、中高生向けの著書も多い。

 


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