学習を楽しく

21世紀の「学問の鉄人」シリーズ

受験勉強は、実はけっこう役に立つ~本気で勉強したからこそ見えてきたこと

中野 剛志(評論家)


(3)円高から環境問題まで。世の中のからくりへの興味が進路を決めた

 

高度経済成長で古着が商売になったが


私は、日本史と世界史を選択しました。東大を受けなきゃいけなかったので…。ではまず、なぜそうなったか、その話をしましょう。私は出来のいい学生ではなかったんです。中学・高校の時は勉強好きじゃないし、思春期だからいつもイライラしていて、マンガ雑誌のグラビアなんか見て喜んでいましたよ(笑)。あれは、中3か、高1の時だったか、日本経済で事件が起きました。急に円高になったんです。いわゆるプラザ合意です。これは、今も問題になっています。例えば、円の値段が、1ドル100円だったのが、1ドル50円になったとします。こうなると、輸出の場合は、アメリカでものを売る時は高くなるんです。同じものの値段が2倍になったら、アメリカでは日本製品が売れなくなってしまう。しかし逆に、輸入品は安くなるので、日本製品が売れなくなって、企業がダメになってしまうんです。

 

私の親父は、今で言うとリサイクル業をやっていました。古着を集めて、繊維にして売っていたんです。これは私の祖父の時代、戦後復興の時からやっていて、当時はみんな古着とかを売ってリサイクルしていたんです。それで、戦後復興から高度経済成長しますよね。そうするとみんな急に豊かになって、ゴミが出ると同時に、古着もいっぱい出る。そうすると、古着屋はいっぱい商売ができるんです。祖父なんかは、「日本が豊かになると自分たちも豊かになる」と言っていましたが、その彼が想定していなかったのが円高でした。あまり急に円高になって、それまで日本人が「もったいない、もったいない」と古着をリサイクルして洋服を作り直していたのが、原料の綿花を外国から輸入して新品を作る方が安いという、考えられない事態になったのです。

 

円高で古着屋の危機 -世界の荒波にのまれる


これが分岐点になって、円が高くなり、このままでは商売が成り立たないということで、親父は毎日テレビで「今日の円の相場は…」と言うのを聞いて「ギャー」とか言ったり、ある時は、親父の同業者が自殺を図ったとかいう連絡が入って、夜中にすっ飛んで行ったりしていました。そういうのを見て、「もしかして、オレんちって路頭に迷うわけ?まずいなあ」と思ったんです。これまで、勉強しろとか、大学へ行けとか言われていたけれども、その前に学校なんて行けなくなるんじゃないかという危機感を初めて覚えました。そこで、親父が暗い顔しているもんだから、親父に聞いたわけです。「今、何が起きているのでしょうか」と。そしたら、親父が「円高が起きている」と答える。「円高って何ですか」って聞くと、「円が高くなることだ」と。「何で円が高くなるんですか」と聞くと、「日本経済が強くなりすぎたからだ」と。「どうして日本経済が強くなると親父の仕事が厳しくなるんですか」と。親父も分かっていないから、「日本人は働きすぎた」とか言うんです(笑)。

 

そのうちに、リサイクルしなくなったからゴミが増え始めました。すると、次に環境問題が起きたんです。処分場がなくなって、これからはリサイクルの時代ということになってきました。そうしたら、いつの間にか親父が市役所の審議会の委員になったりして、なんか威張っていたんです(笑)。このように、円高から環境問題まで、横浜の中小企業が世界の荒波に飲まれるということを味わったのです。

 

真面目に働きすぎたから失業? -そのからくりを知りたい


後でいろいろ聞いてみると、この円高はアメリカのせいなんですね。親父の言っていたことは確かに正しくて、日本人は働き過ぎたんです。日本の製品がいいものだから、アメリカはインチキをしたんです。それで国際的な圧力で、円を高くしたんです。お前たちのせいで、こっちは路頭に迷うところだったよ、と思いましたね。高校1年の時だったか、たまたまアメリカで2週間くらい研修できる期間があって、アメリカはどんなところだろうと思って行ってみたんです。ロサンゼルスに行ったんですが、ホームステイしていた家がでかくて、庭にはシャワーを放水していて、みんなのんびりしていて全然勉強なんてしていない。それどころか、中学生とかでも、日本の位置すら正確に言えないんですよ。日本では、円高のことがあって、日米関係がどうのこうのとか言っていたのに、ロサンゼルスに行ってみたら、そんなこと誰も知らない。その時に、何なんだこれは!と思ったんです。世の中はどうして、こんなふうになっているのか。不真面目にしたから失業するのではなく、むしろ真面目に働きすぎたからこそ、失業してしまう、というからくりみたいなものがあるのかな、ということを考えると、それをすごく知りたくなりました。

プロフィール

中野 剛志(なかの たけし)

評論家

 

2010年~2012年京都大学准教授。 1971年生まれ。高校時代に円高不況で、実家の家業が打撃を受けたことから世の中の仕組みの解明に目覚め、そのためには正しいことを教えてくれる立派な先生がいる大学へ、と東大を目指す。浪人中に河合塾の小論文指導で出会った、当時東大院生の松浦正孝先生(現 立教大学法学部教授)に学問の真髄を教えられ、東大教養学部を勧められたことが現在につながる。「TPP亡国論」(集英社新書)等の著書やテレビの解説で、明快なTPP批判を展開する。西部邁先生の私塾に通っていた時は、「社会に出たら上司とケンカするな」と口酸っぱく言われたという逸話も。

 


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