学習を楽しく

21世紀の「学問の鉄人」シリーズ

受験勉強は、実はけっこう役に立つ~本気で勉強したからこそ見えてきたこと

中野 剛志(評論家)


(6)常識にとらわれない人になるための学び


東大の入試問題 -教科書と違うことが書いてあっても面白がる


私が受験したときの東大の問題を今でも覚えています。陸奥宗光の国会での演説についてでした。条約改正の問題で、国会が、条約改正反対と言っているのを、陸奥宗光は条約を改正した方がいいということを国会の演説で説得しているんです。これは驚きました。「日本国民が選んだ、国会議員たちは不平等条約の改正に反対だったの?条約改正って明治国家の悲願じゃなかったの?」って。陸奥宗光がどうやって説得していたかというと、当時は外国人の内地雑居が認められていなくて、平等に商売ができなかったんです。ですから、これは先ほどの円高のお話と同じで、外国人がどんどん工場をつくると、日本人の働く場所がなくなっていってしまう。だから、外国人が自由に働けるようになっては困るということを国会議員たちは言っているようでした。しかし、陸奥宗光は、今や日本の産業は強くなって戦えるくらいになったから心配するな、ということを演説していたんです。ここで、陸奥宗光が何を主張しているのか答えなさいという問題だった。条約改正に国会が反対だったなんて、聞いたことがない。しかし、松浦先生の話も思い出して、これは面白いと思って素直に書きました。恐らく私の答案は丸だったと思います。大学に入った後、友達に「あの陸奥宗光の問題どうだった?」と聞いたところ、みんな誰も覚えていないと言うんです。とにかく、試験をやって乗り切るということで精いっぱいで、教科書と違うことが書いてあるということが認識できなかったのでしょう。先入観にとらわれてはいけない、ということを、東大の入試問題が教えてくれました。

 

みんなが見つけられないところに眼がいくのが天才


先入観に囚われない考え方というのは大事だとつくづく思います。その良い例が、進化論を提唱したチャールズ=ダーウィンです。彼はビーグル号という船に乗って世界を周っていたんです。そこで、アルゼンチンのフエゴ島というところに辿りついた時に書き残したことがあるんです。フエゴ島には、石器時代のような暮らしをする人たちがその当時まだいたので、この連中を調査するためにビーグル号を沖に止めてボートで近づいたんです。すると、そのフエゴ人たちは、そのボートを見て、なんと大きな船なんだとはしゃぎ回ったそうです。どうしてかと言うと、フエゴ人たちはそれまで、丸木舟しか知らなかったので、もっと大きなビーグル号という船があるのに、それに気付かなかったんです。彼らの船という概念は、丸木船であって、ビーグル号という常識をこえたものは視界に入らなかった。これは、フエゴ人たちだけではなく、日本人でもそうですし、研究の世界でもそうです。みんなが見つけられないところに、眼がいく。これが天才です。しかし、この天才は、しばらくは馬鹿にされるんです。「お前は教科書や通説を知らないのか」という具合に。逆に言うと、そうやって仲間外れになるのが怖くって、新たな説を出さないと言う人もいっぱいいます。これは歴史をみても、ガリレオみたいに火あぶり寸前までいく人もいます。あのような宗教裁判ってのは、現代でもあるんです。東大、京大のレベルになると、先生たちは学生さんたちに本気でかかってきますし、今年の入試でも何人の学生が合格者の2割しか解けない問題を解けるか楽しみにしている。今の段階で2割に入る必要はないですが、今言ったことを念頭において、勉強して30歳くらいまで続けるとよいと思います。以上取り止めのない話でしたが、これで終わります。ご清聴ありがとうございました。

プロフィール

中野 剛志(なかの たけし)

評論家

 

2010年~2012年京都大学准教授。 1971年生まれ。高校時代に円高不況で、実家の家業が打撃を受けたことから世の中の仕組みの解明に目覚め、そのためには正しいことを教えてくれる立派な先生がいる大学へ、と東大を目指す。浪人中に河合塾の小論文指導で出会った、当時東大院生の松浦正孝先生(現 立教大学法学部教授)に学問の真髄を教えられ、東大教養学部を勧められたことが現在につながる。「TPP亡国論」(集英社新書)等の著書やテレビの解説で、明快なTPP批判を展開する。西部邁先生の私塾に通っていた時は、「社会に出たら上司とケンカするな」と口酸っぱく言われたという逸話も。

 


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