自分らしく生きて、社会を変える

10年後のじぶん・しゃかい~ポスト3・11の『若者たちの神々』

第1回

安田祐輔 NPO法人キズキ理事長

「つまづいても必ずやり直すことができる」と信じられる場所を作る  ~不登校・高校中退の若者のための大学受験塾を主催


(4) 踏み外しても必ず元に戻れることが信じられる場を作る

どうして多くの人は、一度踏み外してしまうとやり直せないのか

開沼:では、今現在安田さんのところに通っている人たちの話や、彼らにどんなことを伝えているのかというお話を聞かせてもらえますか?

 

安田:「どうして多くの人は、一度踏み外してしまうとやり直せないのか」っていうのがずっと僕のテーマなんです。それは、ここでも、バングラデシュでも同じです。だから、大学の卒論も「なぜバングラデシュのセックスワーカーは社会復帰できないのか」ということをテーマにして、インタビューを取っていったんです。人間って、落ちている時は、やり直せるという自分の姿が想像できないんです。

 

うちの講師で、引きこもり4年くらいやって、22歳で慶應に入って、今年大学4年生の子がいるのですが、その子は某大企業に内定をもらったですよ。うちに来ている子に、「4年遅れて大学に入ってもちゃんと内定決まったよ」って言うとたいてい「そうなんですか!」って驚かれるんです。そもそも僕も3年遅れで就職してますし。初めてここに来て面談する時は、希望を失っているし、学校からはじかれて、親も困っているわけです。ですから、この子はどこのポイントをつけば希望が見えるのだろうかということを毎日考えるんです。2年遅れようが、5年遅れようが生きていけるのに、当人はなかなかそうは思えない。学校でうまくいかなくても、なんとかなるということを見せてあげれば、希望が見えてくるのです。

 

その意味で、ここは安心できて、自分もやり直すことができるという希望が与えられる空間になっているのかなと思います。そんな空間をずっと提供し続けるのが僕たちの役割だと思います。

  

 

大学進学で、人生のフェーズ・段階を変えてあげることが一番いい


開沼:そのために、ここに通ってくる子たちを支援する方法としては、いろんなアプローチの仕方があると思うんです。高校に戻るとか、職業訓練するとか。その中で、なぜ大学に行くということを選択されるのかを教えてください。

   

安田:一つは、高校中退すると学歴は中卒なので、実質仕事がないんです。ある市のハローワークでは、中卒者向けの求人が四年連続ゼロだという話もあります。大卒も就職難とも言われていますが、中卒と比べたらまだまだいいんです。


もう一つは、僕もそうですが、そういう子たちには、人生のフェーズ・段階を変えてあげることが一番いいと思います。小学校から中学校へ行くと「今日から違う自分でいこう」って思えるじゃないですか。あれはやり直しのきっかけになります。もちろん、人生のフェーズ・段階を変えるという意味では就職も同じです。でも、親が大卒であったり、小学校の時に頭が良かったりする自己イメージをもっていると、「なんでオレは頭いいはずなのに中卒なんだ」って思ってしまうんです。だから、学習を続けることは彼らに自己肯定感を与えるのです。

 

それに、大学って毎日行かなくていいんです。高校だと週5日授業で埋まるじゃないですか。でも大学って、言っていいのか分かりませんが(笑)、週5日も行く人って少ないですよね。あれが引きこもりの「リハビリ」にとてもいいんです。うちの講師のアルバイトは30人ぐらいいるのですが、7割くらいが引きこもりや中退を経験をしてきている人たちで、大学に行って回復したとか、自分のペースをつかめたとか言うんです。同じクラスで、何でも一緒にやっていくという閉鎖された空間がみんなすごく苦手で、それは職場でも同じですよね。でも、大学なら嫌な人がいたら無理に付き合わなくていいし、サークルが合わなかったら辞めればいいんだっていうのが彼らにとっていいんです。人によりますが、大学に行くというのが有効なのはこの三つの点によると思います。

 

 

学習面の支援と精神面の支援

代々木にある「キズキ」の教室
代々木にある「キズキ」の教室

開沼:ただ、「大学進学のお手伝いをします」という役割を果たしているところは学校も、予備校や塾みたいな業者もいっぱいあるわけですね。にもかかわらず、安田さんのような切り口で大学進学を担う場所、安田さんのところに来るような子たちの受け皿は他になかったんでしょうか?これだけ教育産業が発達している日本で安田さんの事業に「新しさ」があったのはなぜなのか不思議で‥

 

安田:うちに来る子たちだと、深夜に「これから死にます」みたいなメールが来るわけです。それに一つひとつ対応する。だからと言って、何百万円も授業料を取れるわけではない。手間がかかるんです。正直ビジネスにならないから、どこも手を出したがらないんです。僕らの場合は、受験オンリーではなく学習面の支援×精神的な支援なんです。その二つをミックスさせていくものは今までになかったと思います。

 

開沼:「キズキ」の不登校やいわゆる落ちこぼれの子どもの指導で、独特のモデルはあるんですか?「強み」と言ってよいものだと思いますが。

 

安田:実はいまそれを明らかにする作業をしていて、どうしてうちはうまくいくんだろうって、ずっと悩んでいるんです。最初、たいていの子どもたちは大手の塾に通って、最終的にここに来るんです。こんな小さなところに、初めからは来ないですよね。遠いところでは、平塚や小田原から2時間半くらいかけて来る子もいます。秋田から引っ越して通っている子もいます。どうしてうまくいくんだろうって考えると、やはり教えることと、精神的な支援を同時にしているのが大きいですね。うちの講師が、子ども一人ひとりが持っている悩みに応えながら教えていくということができるからでしょうか。例えば、やる気がないときには、じっくりと悩みを聴いて、やる気がある時は、しっかりと教える。その点が良かったのかなと思っています。

 

先ほども言いましたが、講師の7割くらいが、来ている子たちと同じような挫折経験があるんです。例えば高校を中退すると、制服を見ただけで委縮してしまう子たちがいます。そういう、実際に経験してみないとわからないようなことについて、場面場面でこういう声掛けをすればいいんだということが感覚で分かる講師が多いです。それを言語化して、講師全員に共有しています。

 

また授業は完全な個別指導です。はじめの段階はやはり一対一の方がいいんだろうなと思っています。みんな、最初は人と接するのを怖がっているんです。例えば、引きこもり系の子は、ヤンキー系の子がいると行けなくなっちゃうこともあります。ですから最初は一対一でやって、だんだん慣れてきたら、交流会とかに誘ってみたりしています。そうすると横で同じ境遇の子がいたりして、人が怖くなくなってきます。ヤンキー系は、僕で慣れてくれれば大丈夫ですしね(笑)。

 

 

高校中退・ひきこもりの子の支援に興味がある人をツイッターで集める

「キズキ」の学習コーナー
「キズキ」の学習コーナー

開沼: 講師はどんな人がされているのですか。やはり教員志望の方でしょうか。

 

安田教員志望はほとんどいません。講師は大学生がほとんどですが、バイトだからというのではなくて、高校中退・ひきこもりの子の支援に興味がある人ばかりですから、みんなものすごく真剣です。講師の研修には結構時間をかけていますが、とても積極的に学んでいます。

 

講師には積極的にツイッターをやるようにも言っています。それは講師を集めるためでもあります。今の講師の9割近くが、僕のツイッターを見て応募してくれた大学生たちです。

 

実は今年、大学院を受けようと思っています。自分がやってきたことをまとめたいんです。中退した子たちのライフコースを辿って、どういうところがポイントだったのかということをもっと大枠で捉えてみたいのです。中退した子たちが社会復帰できたかどうかを100人、200人くらいにインタビューをして辿っていけば何か見えてくるんじゃないかと思います。

 

開沼:なるほど、そうすることで、安田さんが学術的に利用可能な新しい知見を蓄積する場を作っているのかもしれませんよね。そうすれば、そこで築かれた「安田モデル」が学術的な常識となり、その常識が制度・政策に反映されて日本の学校のあり方を変えていくかもしれない。楽しみですね。


第1回 安田祐輔 NPO法人キズキ理事長

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