自分らしく生きて、社会を変える

女子力アップセミナー

第1回

『ハリー・ポッター』シリーズ出版を実現した松岡ハリス佑子さんの「女子力」

松岡ハリス 佑子 (同時通訳者、翻訳家)


(2)力の限り生きた証しが、引き継がれて形になる

 

---松岡さんはどのような経緯でハリー・ポッターと出会ったのですか。

 

松岡:最初の出会いは、お友達のダンとアリソンの夫妻のおかげです。ダンはアメリカ人で、アリソンはイギリス人で、両方ともハーバードのロースクールを出た秀才。でも、ダンは弁護士に向かないので、アーティストになったという経歴の人なんです。

主人が亡くなってから10カ月くらい後で、その2人にロンドンで久しぶりに会って話をしていたんですよ。「何かいい本はないかしらね?」って。そこで、ダンが取り出してきたのが、イギリスで出版されたハリー・ポッターの第1巻だったんですね。そのあとで、夫婦の間で、「ユウコには私が紹介した」「いや、僕が紹介した」っていう議論があったんですけどね(笑)。実際に取り出して見せてくれたのは、ダンです。


実は、この出会いには、最近、尾ひれがついたんですよ。悲しい尾ひれなんですけどね。それは、アリソンが20127月に心臓発作で急に亡くなったんです。まだ50歳になったばかりでした。仕事も脂ののっているところでした。ダンはもう、本当に身も世もなく悲しんだのですが、彼は今、アリソンの理想であって、彼女が前々からやりたいと思っていた、恵まれない女性のための教育奨学金を立ち上げています。


寄付を募って、アリソン奨学金というチャリティの慈善団体を立ち上げることになったんです。もちろん私も、相当な金額を寄付しますし、日本の友人にも呼びかけて、寄付していこうと思っています。


雄弁な生き方というのは、結局、人を動かすということです。生きている時に、それだけの仕事をした人は、後に残る人たちにまた新たな命を残していくんですね。


私の場合には亡くなった主人が出版社をやっていて、ALS(筋萎縮性側索硬化症)という 難病の支援をして、力の限り生きていた人でした。だから、亡くなった主人の生きていた時の力が私に移ってきたんです。「なんとかして出版しなければならない」という情熱が私を動かして、私が必死で翻訳をして、ダンが挿絵を描いて、周りに友達が集まってきて、それでプロジェクト・チームが立ち上がって…。でも、当時は本当にお金がなかったんですね。その中からよくできたなあ、と思います。それが第1巻の経緯です。

 

---今のお話をお聞きして、旦那様とかご友人とのつながりとか、人との絆からいろいろなことが生まれてきたことを感じます。

 

松岡:そうですね。たくさんの人と付き合える人もいるんですけど、私はどういうわけか、そういうのができなくて。限られた人とは深く付き合えるのですが。でも、何もしょっちゅう、べたべたしている訳ではないんですよ。本当に心許せる人が何人かいて、その人たちが周りに集まってくれたんですね。

 

静山社オフィスの「ハリー・ポッター」のドールハウス
静山社オフィスの「ハリー・ポッター」のドールハウス

---すごく素敵なことですよね。でも、深く付き合うっていうのはなかなか難しいことじゃないですか。

 

松岡:大事なのは、誠意を持って付き合うことですね。ハリー・ポッターの中でも、ロンとハーマイオニーとハリーとの3人の友情ですね。時々、すねたりしながらも、それを克服するわけですから。友情は大事ですね。

 

---国際的なご活躍をされていますが、海外に出てみて、改めてご自身が日本女性だなという風に感じたエピソードはありますか?

 

松岡:私は何せ田舎育ちで、古い教育を受けているし、初めて仕事で海外に出たのが27歳のとき、初めて海外に住んだのが33歳ですから、基本的に日本人なんですよ。ただし、「日本人」の定義はよくわかりません。時代によっても違いますから。、今オーストラリア人の夫と暮らしているのですが、私がいつも後ろをついて歩くものですから、彼に「どうして並んで歩かないの。いちいち後ろ振り返ってしゃべるのは大変だ」と言われるんですよ。エレベーターに乗る時でも、先に通されるとなんだか遠慮してしまう、そういう感覚的なものが残っています。


今はスイスに住んでいて、日本に来ると今度は日本人の話す言葉が気になって文句を言ってみたり、何か理不尽なことがあると、引っこんでいずに闘ったりという点は、いわゆる日本の女性ではないですね。その意味で、日本と海外、両方の影響を受けています。根っこは日本人ですが、後から身に付けたものっていうのは、相当非日本的なところがあります。だから、会社内で「私は日本人だから」って言うと、いつも「違いますよ」って皆から言われるんです(笑)。

 

プロフィール

松岡ハリス 佑子(まつおかはりす ゆうこ)

同時通訳者、翻訳家

 

国際基督教大学卒業後、通訳者として活躍。1999年、まだ無名だったJ.K.ローリングの「ハリー・ポッターと賢者の石」と出会い、日本語に翻訳し出版。原作の世界をみごとに再現したシリーズは大ベストセラーとなり、「ハリー・ポッター」ブームをひき起した。全7巻の総部数は2400万部を超える。上智大学講師、モントレー国際大学院大学客員教授として、通訳教育の経験も深い。株式会社静山社会長。

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