自分らしく生きて、社会を変える

女子力アップセミナー

第2回

声楽の経験ゼロで、5000人の中からミュージカルの主役をつかんだ新妻聖子さんの「女子力」

[お話する人] 新妻聖子さん (ミュージカル女優)


[インタビュアー] 東京女子大学大学院文学研究科院生 松紀枝、橋本実季
         高校生 みき、なぎさ、りさ

2013年1月14日。東京に大雪が降った日でした。

(3)楽しむことを忘れないー頑張り抜いた先にあるもの―

 

---上智大学の受験時の面接は圧迫面接で有名ですが、どんなことをしゃべられたんですか?

 

新妻:そうなんですか?すごく楽しくお話しして終わりましたよ。面接の先生が、今は政治家になられた猪口邦子先生だったんですけど、主に論文に関して質問を受けて、それに答える感じでした。論文のテーマは憲法第9条だったかなぁ、詳細はあまり覚えてないんですけど。私はその当時から無駄に自信だけはあって、面接までいった受験は落ちる気がしないと思っていて(笑)。面接官にも去り際に「ナイス・カンバセーション」って言ってもらえました。


ミュージカルのオーディションもそうなんですけど、楽しむってことを忘れないように、と心がけているんです。ちゃらちゃらするってことではなく、真剣に挑むんですが、歌にしろ、こういうトークや面接にしろ、緊張したり強張ったりしていると満足のいくパフォーマンスができないのね。私のポリシーは、どんな困難なステージにも、やれるだけの準備をして挑めば、結果は自ずとついてくるし、結果がついてこなかったとしても、それが自分の現状の全てだって思うこと。本番は必ず緊張するけど、その自分に動揺しないようにする。そして、事前の準備を抜かりなくしておけば、緊張する材料は最低限に減らせると思ってやっています。


こういうことを昔からそこまで意識していたわけではないんだけど…。今のようにミュージカルをやってると、毎日が生のステージなのね。映像とかレコーディングと違って後から修正することもできないから、全てその日の自分の100%がさらされてしまうので、やっぱりいろんな腹のくくり方を覚えましたね。

 

高校生:2003年の「レ・ミゼラブル」のオーディションでは5000倍もの倍率を勝ち抜いて、エポニーヌ役を勝ち取られましたが、ご自身では、なぜご自分が選ばれたと思いますか?

 

新妻:なんでしょうねぇ(笑)。タイミングもすごく良かったんですよね。「レ・ミゼラブル」って、日本初演の1987年からずーっと島田歌穂さんがメインでやってこられて、それが十何年続いた後に、2003年に、キャストを全部入れ替えましょうって大規模なオーディションが行われたんです。そのタイミングに居合わせたということです。まぁ、「運も実力のうち」と言われればそれまでですが、運と、あとはやっぱり自分らしさを貫いたというところだと思います。


じつは私、最初はオーディションを違う役で受けてたんですよ(笑)。「レ・ミゼラブル」を全然知らなかったから、何となくファンティーヌというお母さんの役で受けたんですよ。当時20歳ぐらいだったんですが、「早い!早い!」って言われて(笑)。そのオーディションの現場で、「君にもっと合ってる役があるから、この歌を明日までに練習してきて」って、楽譜と島田歌穂さんの歌ったエポニーヌのデモテープを渡されたんです。「歌詞なんて覚えなくていいし、この人の真似していいから」って言われて。


そこでちょっと私の中のスイッチが入っちゃいました。「いや、真似とかしないし」って(笑)。なんだろう、私は頑張ってできることであれば、すごく頑張りたくなっちゃうんです。で、人を驚かせることが好きだから、もし明日までに歌詞を覚えたら、審査員の人たちはすごく驚くだろうなと思って(笑)。すっごい燃えて、一晩で完全に歌詞を頭に入れて、島田歌穂さんのCDは、メロディーを覚える為に1回聴いただけで、あとはまったく聞かないようにして、自分なりの解釈で歌ったんです。で、受かると思わなかったし、歌うことがただただ好きで、審査員の人たちの前で歌えるっていう喜びの方が強くて、まぁ堂々と、「ふゎぁぁ」って歌って。そしたらもう、歌ってる最中に手ごたえがあったんですよ。私が楽しんでるから、審査員の人たちも楽しんで聴いてる。その時は、受かればいいけど、それよりもこのオーディションの場が楽しいな、と思っていました。怖いもの知らずだったんです。「レ・ミゼラブル」の歴史とか、エポニーヌ役を目指して一体何万人の人がそこに来てるかとかは知らなかったから。

 

---そのような新しい場に入って、人間関係はどのように築かれますか?

 

新妻:今になって思えば、当時は全く空気を読むということもできなかったので、たくさん敵を作っていたかもしれません(笑)。インタビューでも「私、『レ・ミゼラブル』とか今まで全然知らなくて…」なんて本当のことを言っちゃうもんだから、周りは「なんだあいつは」って思ったでしょうね。発言には本当に気を付けた方がいいと思います(笑)。「無知」が許されるのは20代前半まで。悪気の無い発言でも、「これを言うことで気分を害する方がいるかもしれない・・・」という想像力は常に必要だし、人はひとりで生きているわけではないから、ビクビクするという意味ではなくて、他者への気配りや思いやりを忘れないように。私も社会人生活の中で少しずつわかってきました。

 

---全く音楽の勉強をなさらずに最初エポニーヌを演じられてみて、ただ歌うという楽しさと、それを仕事にするという違いとかありましたか?

 

新妻:自分の実力不足にハッキリと気づいたのは「ミス・サイゴン」ですね。それまでは、楽しいな、歌う場所ができて嬉しいなっていう方が勝っていて。自分が舞台に立つ演劇人であるという自覚もきちんとは芽生えていなかったし、その時はまだ淡い夢が少しかなったというか、浮かれていた部分の方が多かったです。それが、「ミス・サイゴン」という舞台で初めて主役という大役をいただいて、しかも同じ役を松たか子さんがやっていらっしゃったんです。松さんは、物心ついた頃から舞台に立っているプロですから、彼女の背中を見ていろいろ学びました。役との向き合い方とか、プロのたたずまいみたいなものを身近で感じられたのは大きかった。


そして、一つの役にのめり込めたっていうのは、自分の成長スピードを速めた最大の理由かなと思います。自分で自分の足りないところを認識できるようになったし、それまでは舞台を観に行くことはあまりなかったんだけど、自分がもっとうまくなりたいとか欲求が生まれると、もっと勉強したいと思うようになるから、いろんな舞台に足を運んだり、色んなジャンルの歌を聴いたりしました。そこでまず自分に良いものの感覚を覚え込ませ、それに自分を合わせていくという感じ。自分の中に良い・悪いの判断基準の引き出しを増やしていきました。そういうことに貪欲になったのは「ミス・サイゴン」からですね。

 

---これから演じてみたい役柄や、好きなミュージカル作品を教えてください。

 

新妻:演じてみたい役とかあまり無いんですけど・・・強いて言えば最後まで生きる役かな(笑)。私の演じる役って死亡率が高いので(笑)。とりあえず私は歌う場所があれば幸せなので。私にとってお芝居って、あくまでも歌うためのツールなんですね。歌もやっぱり一曲のドラマだと思っているので、その表現力を補強するためにお芝居で訓練をしているという意識でやっているんですよ。だから今も、「昔からミュージカル女優にあこがれて、夢がかなって舞台に立ってる」という感じではないんです。歌が歌えればいい。好きなミュージカル作品は、普通に観客目線で見れば「レ・ミゼラブル」ももちろん好きだし、昔から「サウンド・オブ・ミュージック」も大好きです!

 

プロフィール

新妻 聖子さん
新妻 聖子さん

新妻 聖子(にいづま せいこ)

ミュージカル女優

 

1980年愛知県生まれ。父親の仕事の都合で、11歳から約7年間タイで過ごす。バンコクのインターナショナルスクールを卒業後帰国し、上智大学法学部国際関係法学科を卒業。2002年、大学在学中に「王様のブランチ」(TBS)で芸能界デビュー。2003年、5000倍のオーディションを突破しミュージカル「レ・ミゼラブル」エポニーヌ役に抜擢、以降数々の舞台でヒロインを務めミュージカル界屈指の歌姫として第一線で活躍中。2013年は4月ミュージカル「トゥモロー・モーニング」、6月ミュージカル「シルバースプーンに映る月」、8月ひとり芝居「青空・・・!」ほか話題作の出演が多数控えている。第31回菊田一夫演劇賞、平成18年度文化庁芸術祭演劇部門新人賞を受賞。
オフィシャルサイト http://www.seikoniizuma.com/

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