2019さが総文

基山酵母で町起こし! ~「突然変異」でよい香りの酵母を作ろう

【生物】東明館高校[佐賀] バイオ同好会

左から、野村桃花さん(1年生)、廣瀨優佳さん(1年生)、河原田結羽さん(3年生)
左から、野村桃花さん(1年生)、廣瀨優佳さん(1年生)、河原田結羽さん(3年生)

■部員数 3人(うち1年生2人・3年生1人)

■答えてくれた人 河原田結羽さん(3年生)

 

突然変異処理による「基山酵母」の育種改良

基山産の「酵母」を使って、町の活性化を目指す

 

東明館高校が位置する佐賀県基山町は、福岡市や久留米市など大都市に近いにもかかわらず、豊かな自然が残る、静かで住みよい町です。しかし、他の地方都市と同様に、若年層の減少という大きな課題を抱えています。

 

私たちは、このような課題に対し、少しでも町の活性化のお手伝いができないかと考え、基山町内の花や果実などから優良な酵母を分離し、基山独自の自然酵母パンや、酒蒸しまんじゅうなどの開発を目指して実験を続けてきました。

 

 

私たちは、最終目標を、強い発酵力とよい香りを併せ持つ基山酵母を得ることと決めました。これまでに約5000個の酵母の発酵力や香りを調べ、約80株の優良酵母を取得しています。

 

 

これは、採取した酵母の性質などを表にしたものの一部です。基山町内のさまざまな場所から採取しました。

 

これまでの活動のまとめとして、私たちは、得られた基山酵母の菌種同定、パン生地の膨張能力試験、実際に食パンを焼いて味と香りを確認、酵母の長期保存試験などを行い、結果を報告しています。

 

 

昨年までは強い発酵力に注目し、酵母の選別を行ってきましたが、今年度は発酵力に加え、「より香りのよい酵母を得ることを目標としました。

 

「香りのよい酵母」を得るため、私たちは得られた基山酵母のアミノ酸、および、脂肪酸代謝経路に関与する遺伝子に突然変異を起こさせ、特定の香りを多く生成する酵母を得ることができるのではないかと考え、実験を開始しました。

 

今回、用いた突然変異誘発方法は、紫外線処理とEMS処理の二つです。その結果、変異前の親株に比べ、バラの香りが17倍以上、バナナの香りが9倍、リンゴの香りが6倍、強化された酵母を得ることに成功しました。

 


※突然変異の技法やどのような香りを強化するかなどは、わかりやすい例として下記URLを参考にしてください。

 

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1988/84/3/84_3_166/_pdf/-char/ja

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1988/87/9/87_9_621/_pdf

http://www.aichi-inst.jp/other/up_docs/no130_04.pdf

 

香り生成のため、紫外線・EMSで突然変異を誘発

 

紫外線による突然変異誘発の主な原理は、紫外線のエネルギーがDNAの水素結合を切り、ピリミジン同士が隣り合わせになることで、それらが共有結合し、「ピリミジンダイマー」を作ることです。それによって、遺伝子の変異が起こります。

 


また、EMS (エチルメタンスルホン酸)による突然変異誘発の原理は、アルキル化剤であるEMSのエチル基か、グアニンをエチル化し、グアニンをアデニンと読み違えることによって、G:C結合がA:Tに置き換わることで変異が起こります。

 


 

今回の実験で、突然変異株を選択的に分離するために用いた主薬類はこちらです。これらの主薬は、低濃度で酵母の生育を阻害することが知られています。また、それぞれの主薬の耐性株を得ることで、特定の香りが強化された酵母を得ることが、期待できると考えられています。

 

例えば、フェニルアラニンのアナログである「フルオロフェニルアラニン」の耐性株はバラの主要な香りである「β-フェネチルアルコール」を、ロイシンのアナログである「トリフルオロロイシン」の耐性株はバナナの香りのする「酢酸イソアミル」を、脂肪酸合成酵素阻害剤である「セルレニン」はリンゴの香りが強化されるといわれています。

 


突然変異を起こして酵母の生育を促す

 

酵母の生育を阻害する要因として、この二つのアミノ酸アナログ化合物は、それぞれ元の必須アミノ酸、例えば、フェニルアラニンのアナログ化合物は、必須アミノ酸を作れなくするため、アミノ酸を含まない最小培地での生育ができなくなります。トリフルオロロイシンも、ロイシン合成酵素の活動を、フィードバック阻害によりブロックし、ロイシンの合成を止めてしまいます。セルレニンについては、上の二つのアミノ酸アナログ化合物と違い、酵母の脂肪酸合成酵素を直接阻害し、生育を止めてしまいます。

 

バラの香りであるβ-フェネチルアルコールが増加する要因は、フェニルアラニンによるフィードバックに突然変異が生じ、正常に働かなくなるからです。そのため、フェニルアラニンのアナログであるフルオロフェニルアラニンも、フィードバック阻害ができなくなり、酵母が生育できるようになります。フィードバック阻害が外れ、フェニルアラニンが必要以上に大量に合成されてしまいます。その際、同じ代謝系にあるβ-フェネチルアルコールの合成も促進、増加したものと考えられます。

 


バナナの香りである酢酸イソアミルを高生産する原理も、β-フェネチルアルコールと同様に、ロイシンによるフィードバック制御に突然変異が生じ、ロイシンのアナログであるトリフルオロロイシンもフィードバック阻害ができなくなり、酵母が生育できるようになります。フィードバック阻害が外れ、ロイシンが必要以上に大量合成されると、同じ代謝系にあるイソアミノアルコールや、酢酸イソアミルの量も増加すると考えました。

 


突然変異株を得るための実験に使用した主な菌株はこちらです。基山町内のバラ、サツキ、つつじなどから採取し、食パンの食べ比べ実験で評価の高かった酵母を使用しました。協会7号(K7)は清酒用に広く用いられている酵母で、標準株として用いました。

 


 

まず、紫外線による突然変異株を取得したいと考え、このような装置を作成しました。

 

培地の入ったシャーレに少量ずつ酵母を塗布した後、紫外線を約40センチの距離から照射し、時間ごとに生育したコロニーの数を計測することで、酵母がどのように死滅するのかを調べました。

 

その結果、紫外線を照射していないものに対して、1分の照射で生育したコロニーの数が約10分の1に減少し、3分で酵母が全て死滅していることがわかりました。

 


次に、紫外線の照射時間と、突然変異株の出現数を調べました。酵母の生育を阻害する薬剤を入れた培地に少量ずつ酵母を塗布した後、紫外線を照射し、一定時間ごとに薬剤耐性を獲得し、コロニーを形成できるようになった突然変異株の数を計測しました。

 

このグラフは、協会7号酵母の照射時間ごとの耐性株の出現数の計測結果です。協会7号だけでなく、他の菌株でも1分前後に耐性株のコロニーを最も多く得られたことから、以降の実験では照射時間を1分としました。

 


EMSによる突然変異処理では、EMSを含んだリン酸バッファーの中に酵母を懸濁し、30度で1時間ゆっくり浸透した後、酵母懸濁液を選択培地に塗布し、28度で1、2週間培養しました。出てきたコロニーは、それぞれの薬剤耐性を獲得した突然変異株だと判断し、以降の実験に用いました。

 

紫外線処理では、フルオロフェニルアラニン耐性株を各酵母で、このように取得することができました。

 


EMS処理では、三つの主薬の耐性株を全て取得することができました。酵母によって耐性株を得やすい株と、あまり多くの耐性株を得られない株とがありましたが、この理由については、各酵母の持つ特性、実験手法のうまい、下手、懸濁する菌の数を途中から増やしたことなどが考えられますが、よくわかっていません。

 


 

取得できた株の中から、各薬剤耐性株の香気成分の分析を行いました。米こうじを55度で6時間保持、糖濃度10パーセントの甘酒を少量ずつチューブに入れ、酵母を20度で1週間発酵させた後、その上澄み液を熊本県産業技術センターと佐賀県工業技術センターで分析していただきました。

 

 

香りが強化された酵母作りに成功

 

結果として、フルオロフェニルアラニン耐性株では、バラの香りのするβ-フェネチルアルコールの生成量が、親株14.9に対して265と17.8倍に増加した株や、3.4倍、6.2倍に増加した株を得ることができました。各酵母の発酵速度は、親株の発酵中の重量減少量を100としたときの変異株の重量減少量を比で表しました。多少の増減はあるものの、これらを誤差の範囲とし、全ての株でほぼ変化がないと判断しました。

 

 

トリフルオロロイシン耐性株では、バナナの香りのする酢酸イソアミルの生成量が、親株0.1ppmに対して0.9、0.7と、9倍や7倍に増えている株を得ることができました。酢酸イソアミルの濃度が増加した株は、その全体であるイソアミルアルコールの濃度も、そのように増加していることがわかります。発酵速度はフルオロフェニルアラニン耐性株同様、親株と比較して変化なしと判断しました。

 

 

セルレニン耐性株では、リンゴの香りのするカプロン酸エチルの生成量が、親株0.8ppmに対して4.7と約6倍に増えている株が見られ、このときも発酵速度は親株と比較して変化なしと判断しました。

 

 

今回、突然変異処理によって、当初の目的である香りの強化された酵母を得ることに成功しました。今後は、基山町内から得られた多くの発酵力に優れた酵母を、今回のような突然変異による育種に加え、各酵母の胞子を掛け合わせるなど、別の手法での改良も検討していきたいと思っています。

 

■研究を始めた理由・経緯は?

 

私たちの学校がある佐賀県基山町は、多くの地方都市と同様、人口減少という大きな課題をかかえています。そのような課題に対し私たちは、少しでも町の活性化のお手伝いがしたいと思い、基山町内の花や果実などから優良な酵母を分離し、基山独自の「自然酵母パン」や「酒蒸し饅頭」などを町の特産品として売り出すことを目標に、実験を開始しました(平成27年11月~)。

 

■今回の研究にかかった時間はどのくらい?

 

今回の発表テーマの研究期間は、平成29年秋から平成30年秋まで、1年間です。活動は、月曜から土曜まで毎日1~2時間程度で、テスト期間、体育祭、修学旅行、春・夏・冬の長期休みや不定期休みなどで1/3程度は、実験できませんでした。研究は、平成27年11月から始めました。

 

■今回の研究で苦労したことは?

 

酵母に突然変異を起こさせる実験が、最初は何度やってもうまく行かず、半年くらいは成果が全く出なかったことです。

 

■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?

 

紫外線で突然変異を起こさせる装置は、自分たちで段ボール箱を加工して作りました。その装置を見ていただきたいです。

 

■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究

 

1.清酒酵母の研究―80年代の研究― 日本醸造協会発行

2.β-フェネチルアルコール、酢酸β-フェネチル高生産性酵母の遺伝的背景と清酒醸造への利用 秋田修 他 J.Brew,Soc,Japan(1990)Vol.8:;p501

3.酢酸イソアミル高生産酵母の取得法 市川英治 醸協(1989第84巻;166)

4.市川英治生産酵母 醸協,993:第88巻;p101

 

■今回の研究は今後も続けていきますか?

 

続ける予定です。もっともっと能力の高い酵母を得ることを目指します。具体的には、さらに発酵力が強く(速くパンが焼ける)、香りの良い酵母を育種して行きたいと思っています。

 

■ふだんの活動では何をしていますか?

 

学校が主催する「東明館桜フェスタ」や「文化祭」で、自分たちの酵母で作ったパンを焼いて参加者に試食してもらい、部の活動をアピールしたりしています。

 

■総文祭に参加して

 

時間をかけて研究したことを、今回全国の方々の前で発表することができたのはとても貴重な経験だったと思っています。全国から集まった高校生の、自分とは全く違うテーマの研究発表も見せていただいて、興味のわくものや初めて聞くような言葉から今まで以上に自然科学に関心を持つことができました。

 

⇒他の高校の研究もみてみよう

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