学習を楽しく

21世紀の「学問の鉄人」シリーズ

受験勉強は、実はけっこう役に立つ~本気で勉強したからこそ見えてきたこと

中野 剛志(評論家)


(5)受験で学んだ勉強の極意

 

それから、東大の日本史の話を少ししておきます。私が河合塾にいた時も、フェロー()という制度があって、これをめちゃくちゃ活用しました。どうしてかと言うと、東大の歴史って論述だから、それを添削してもらわないとしっくりこなかったんです。その頃、フェローは大学院生がごろごろしていました。大学院生というのは、日本史とかの研究者になろうとしているんだけれども、まだ職を得られていない人たちで、河合塾にはアルバイトで来ていたんでしょう。そのフェローの中に今、立教大学の教授をやられている松浦正孝先生と言う方がいらっしゃったのです。松浦先生って、根っからの日本史の研究者で、東大の日本史で100点とったって言っていました。ところが、数学は0点だとも断言していました(笑)。日本史だけで東大に入ったそうです。彼はあまり人気がなかったのですが、私はいつも通っていました。彼が面白かったのは、添削はきちんとするんですが、その後に「今日時間ある?」とか言われて、自分の研究の話をし出すんです。だから誰も寄り付かない(笑)。それで、私も「おー面白い」とか言うもんだから、延々と話をしていくんです。毎週、彼に会うのが楽しみでした。

 

それと、日本史以外にも、「僕、大学で何を勉強したらいいか分からないんです。ただ、漠然と社会がどう動くかということには関心があります」という相談なんかをしたら、彼が東大の教養学部を勧めてくれたんです。何でかと言うと、東大って、大学に入ってから1年半で、学部を決めるんです。それで今から急いで学部を決める必要はないぞ、と言われました。ただ、文科Ⅲ類から好きなところに行くのは難しい。例えば、文科Ⅲ類から法学部に行きたくても、大学の成績がよくないと行けないから大変。でも、文科Ⅰ類から文学部に行くのは、とても簡単だということを言われました。ですから、何をやりたいか決まっていないんだったら、文科Ⅰ類に行ったらいいと言われました。

 

文章を読むということは、読み手のレベルを高める

 

またこんなこともありました。「物理とか科学だったら、新たな発見とかあるのに、日本史って新たに発見するようなものではないですよね。研究して発見するっていうのは、例えば旧石器が見つかりました、とかそういうことですか」と尋ねたんです。そしたら先生が言われたのは、「もちろんそれもあるけれども、同じ文献でも目利きによって全然違ってくるんだ」ということ。みんなピンと来るか分かりませんが、文献があってたくさんの人がその同じものを見ている。見ているのに新たな解釈というものができるんです。例えば、夏目漱石の研究をしている人ってたくさんいます。しかし、夏目漱石は新たな作品を出すわけではないですよね。もっと言えば、『論語』だってそうですよね。それなのになぜみんなして、研究しているのでしょうか。

 

先生に言われて、私はなぜみんなが『論語』を研究しているのか分かったんです。孔子っていうのはメチャクチャ天才なんです。でも、孔子の言っていることは文章では表し切れない。それで、孔子よりも下のレベルの人がその文章を見ると、「え、だから?」ってなってしまう。ところが、孔子と同じレベルの人間が孔子の言っていることを見ると、全然違う。ですから、文章を読むということは、こっち(読み手)のレベルを高めるということなんです。だから、ある文学者が言っていたのは、夏目漱石がわかるのは40過ぎてからということでした。もっと簡単な例で言うと、恋愛小説が理解できるためには、恋愛の経験がないといけないみたいな話です。私が最近気付いたのは、福沢諭吉です。福沢諭吉って文章がそれほど難しくないから、「天ハ人ノ上ニ人ヲ造ラズ」とか覚えさせられますよね。みなさんもそうだと思いますが、僕も学生の頃は「で?」っていう感じです。これが30くらいになると「お、なるほど」となって、40くらいになると、「え、すごい」となるんです。これが読書の楽しみ方だったりするんです。

 

歳を重ねないと分からなくても、詰め込むのは若いとき


これは小林秀雄という批評家も言っていました。すごい人の言うことというのは、文章では表しきれないから、それ以外の行間に練り込めたりするんです。ですから、学問をするということは、読み手のレベルを上げるということなんです。小林秀雄が言っていたのは、歳を重ねないと分からないということがあるから、先に頭に詰め込んでおいて、後で思い出すということをやらなければならない、だから若い時に『論語』とかの漢文の素読は重要だ、ということです。まず頭に入るうちに入れておいて、後で、自分が経験して、大人になっていくうちに分かっていく。大人になって漢文の素読とかやってもいいと思うんですが、私はそれが受験勉強でもいいんじゃないかと思います。これが社会科学とか人文学とかの決定的な面白さなんです。

 

社会を見る目利きを鍛えるのは受験勉強でもいい


また違う例を上げると、柔道は間合いとかを微妙にずらして技をかけるか判断するんですね、ああいうことは、本当に柔道を究めた人間だからこそ分かる。僕ら素人が見るとあまり面白くないでしょ。こういう武道とかの達人の領域というのは、学問の世界にもあるのですよ。このような目利きができる人が学者になるんです。その目利きの能力で、社会とか人間とかを観察すると、これから社会がどう動くだとか、こんなことやっていると日本がおかしくなるとか、そういったことがだんだん読めるようになってくる。私がそういう目利きを鍛える経験を最初にできたのは、受験勉強だったと思います。私はそれを大学になっても続けました。私より頭がいい奴なんていっぱいいて、現役で東大入るとかは私にとってまさに「神」でした。なんて、すごいやつらと勉強することになったんだと、入学した時は思っていましたが、大学2年になって「なんだ、脅かしやがって」ってなりました。つまり、あんまりすごくないんですね。みなさんの周りにも、模試とかで全国1番とか2番とかとる人がいるでしょう。私の時もいました。そして、その人たちが今どうなっているかというと、恐れるに足らないんです。もちろん詰め込むということは大切ですが、恐らくどっかで怠ったのでしょうね。私は、誤った方に行きそうだったのが、松浦先生に会って日本史の面白さが分かって、なるほどなあ、と考えたんです。


 ※授業の内容で、わからないところやもっと詳しく説明してほしいところを、フェローと呼ばれる講師が個別に指導するシステム

 

プロフィール

中野 剛志(なかの たけし)

評論家

 

2010年~2012年京都大学准教授。 1971年生まれ。高校時代に円高不況で、実家の家業が打撃を受けたことから世の中の仕組みの解明に目覚め、そのためには正しいことを教えてくれる立派な先生がいる大学へ、と東大を目指す。浪人中に河合塾の小論文指導で出会った、当時東大院生の松浦正孝先生(現 立教大学法学部教授)に学問の真髄を教えられ、東大教養学部を勧められたことが現在につながる。「TPP亡国論」(集英社新書)等の著書やテレビの解説で、明快なTPP批判を展開する。西部邁先生の私塾に通っていた時は、「社会に出たら上司とケンカするな」と口酸っぱく言われたという逸話も。

 


わくわくキャッチ!
今こそ学問の話をしよう
河合塾
ポスト3.11 変わる学問
キミのミライ発見
わかる!学問 環境・バイオの最前線
学問前線
学問の達人
14歳と17歳のガイド
社会人基礎力 育成の手引き
社会人基礎力の育成と評価