今をとことんLive

ライトノベルのソムリエ@おススメの1冊 vol.3

桜庭一樹『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』

永田 大輔 (筑波大学大学院人文社会科学研究科院生)


現実と闘うための武器は「砂糖菓子の弾丸」と「実弾」

 

前回に引き続いて教室をめぐるサバイバルに関する、ライト(軽い)ノベルとしては、「重い」作品を紹介します。桜庭一樹の『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』です。

 

桜庭一樹はライトノベル作家と純文学作家の丁度中間にいるような作家の一人で、直木賞の受賞経験もある作家です。彼女の文学の中で最も評価されているのは「少女」の描き方でしょう。みなさんと同年代の女の子の内面と、それがまだ未完成であるがゆえの危うさを描き出しているといえます。要約は以下です。

 

ひきこもりの兄を持ち、自分が一番不幸だと思いながらも、中学を卒業したら家を出て自衛隊で働こうとしている少女・山田あずさと、彼女の中学校に突如転校してきた「人魚」と名乗る海野藻屑の二人の少女が織りなす数カ月間の物語。「早く大人になりたい」あずさは、日々現実と闘うための「実弾」を求めていた。一方、藻屑が撃ち続けるのは、誰も撃ち抜くことのできない、砂糖菓子の弾丸だった。

 

『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』桜庭一樹(角川文庫)
『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』桜庭一樹(角川文庫)

だれもが何かと闘っている


この作品は非常に衝撃的な場面から始まりますが、中盤で描かれるのは少女二人の心の微妙な交錯です。そこで現われるキーワードは「砂糖菓子の弾丸」と「実弾」。実弾というのは切実な現実と闘うためのせいいっぱいのリアルさの追求であるといえます。その実弾は誤って何かを傷つけてしまうことがあるかもしれませんが、基本的には何かを倒すことができるものではありません。どちらかというと、不安だから撃ち続けるという気分に近いでしょう。


誰かを傷つけるのではなく、どこかに行きたいという漠然とした感覚を持ちつつも、現実と日々闘い続けなければならない切実さがあります。はじめは、山田あずさはその弾丸は自身の過酷な境遇を元にしたものであると考えていました。しかし、転校生・藻屑と接するうちに、次第にあずさは、藻屑が自分とは違う形で現実と闘ってそこで負けそうになっているのだ、ということに気付きます。その危うさの形は違うし、闘っている「もの」の大きさは違えど、隣りで実弾ではなく砂糖菓子の弾丸を撃ち続ける彼女の姿を見て、次第にあずさの中に変化が生じてきます。多かれ少なかれ同年代の少女たちの誰もが何かと闘っているのだ、ということを悟るのです。

 

日々戦場で撃ち続けるあなたへ

 

周りも同じように弾丸を撃ち続けていて、それは実弾であることもあれば、砂糖菓子とか他のものであるのかもしれません。そして、多くの場合において何者も倒せません。そしてそんな闘いをしていること自体、大人は分かってくれないと思いながら、日々闘いを続けているのです。それでも何かを撃ち続けていないと、動き続けていないと生き残れないような切実さというのが本書の最大の主題であるといえるでしょう。


ボクの世代から見たときにはそれは、何かを撃ち続けていたい気持ちの表れだと語ることしかできませんが、皆さんの中には、そういう風に何かを撃ち続けていることにリアリティを感じることができる方も多いのではないでしょうか。それとも反対に、実は当のみなさんは今戦場の真只中にいるために、どこかぴんとこないということも考えられます。この何かを撃ち続けているという感覚は過ぎ去ったあとでないと、もしかしたらわからないのかもしれません。


そういう意味で漠然とした何かを抱えているみなさんは、その漠然としたもやもやそのものを描いた物語として、この物語をそのまま咀嚼してくださればと思います。その味はすぐにわかるかもしれないし、後になってからわかるかもしれませんし、わかったような気がして実は後から別の味だったと気付くことがあるのかもしれません。みなさんの中になんらかの余韻を残してくれる作品だと思います。

 

【連載】

vol.1 時雨沢恵一『キノの旅シリーズ』
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vol.2 竜騎士07『怪談と踊ろう、そしてあなたは階段で踊る』
スリルを求めて中3生が生み出した学校の怪談。学校という空間の独特の閉鎖性とそれゆえ宿る想像力にあなたも共感できるはず
vol.3 桜庭一樹『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』
切実な現実と日々闘うための「砂糖菓子の弾丸」。何かを撃ち続けていたい気持ちにリアリティを感じる人も多いのでは
vol.4 入間人間『六百六十円の事情』
「カツ丼作れますか?」の一言がきっかけにつながる人たち、それぞれの日常。他者への想像力がちょっとだけふくらみます

vol.5 滝本竜彦『ネガティブハッピー・チェンソーエッヂ』
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