今をとことんLive

ライトノベルのソムリエ@おススメの1冊 vol.2

竜騎士07『怪談と踊ろう、そしてあなたは階段で踊る』

永田 大輔 (筑波大学大学院人文社会科学研究科院生)


前回はいきなりコメントをいただきまして、恐縮しております。本多さんありがとうございました。


→本多さんの感想はこちら

 

さて、前回の記事に対する本多さんのご意見には、二つ重要な点があると思います。一つは、「読書は旅である」というように、ライトノベルを読むこと自体の意味を考えるという方向性の示唆です。もう一つは、「学校という空間における人間関係はそう簡単に旅立てるものではない」という現実世界においての示唆であるということです。今回からは後者の側面に関して、いくつかの作品を紹介していきたいと思います。

 

スリルを求めて生み出した学校の怪談

 

今回、みなさんに紹介するのは、『ひぐらしのなく頃に』『うみねこのなく頃に』という同人ゲームで有名になった竜騎士07のはじめての小説作品『怪談と踊ろう、そしてあなたは階段で踊る』です。あらすじは以下です。

 

中学3年生の友宏・博之・亨は、息詰まるようでいて、そして退屈な日常に飽き飽きしていた。そんな退屈の気晴らしに行っていた鄙びた神社の賽銭箱の解錠に成功する。そこで彼らが更なるスリルと小遣い稼ぎを求めて思いついたのは、新たな「学校の怪談」、お骨様の呪いを“造る”というものだった。もしお骨様に呪われたくなければ「神社の賽銭箱に寄付をしろ」。その噂を学校にばらまく3人。初めはおもしろがっていたが、ある日賽銭箱を開けると50000円の寄付が手紙とともに付されていた。「田無美代子を呪ってください」。そして、その数日後、田無美代子が階段から落下する事故に遭い、意識不明の重体となる。これをきっかけに怪談は3人の手を離れていく。

 

『怪談と踊ろう、そしてあなたは階段で踊る』著者:竜騎士07/イラスト:ともひ(星海社FICTIONS)
『怪談と踊ろう、そしてあなたは階段で踊る』著者:竜騎士07/イラスト:ともひ(星海社FICTIONS)

学校の閉鎖性と「怪談」


さて、「学校の人間関係はそう簡単に変わらない」ということに関して、ややネガティブな雰囲気の作品を紹介します。なぜなら、その重さを直視して捉えることなしには、どうすればよいのかを考えることが難しいからです。今回の選書はそんなことを考えながら選びました。


この小説は、学校という空間の独特の閉鎖感と、そうであるがゆえに起ってくる独特の雰囲気を、怪談というものに仮託しながら描き出しています。本作で最も効果的に描き出されているのは、誤解の恐ろしさであり、学校という閉鎖的な空間にいるからこそ生み出される想像力です。学校という空間は、表面的なことに関してはよくわかる空間です。しかし、毎日顔を合わせていながらも話さない人がいることがあるなど非常に特殊な社会性を持つ空間でもあります。


ほんの数メートルの距離にいる他人が何を考えて授業を受けているかもわからないし、同じクラスにいながらもその噂がどこが発祥であるかもわからない。誰が誰のことをどう考えているのかもわからないということの恐ろしさです。クラスの中での人間関係も、誰と誰の仲がよく、誰が孤立しているかということはわかるけれども、なぜそうなっているのかはわかりません。たまたまそのポジションにいるということには、外部から見たときには理由がないように映ります。同じクラスでさえそうで、本書のタイトルに出てくる階段を挟んだような遠さになると全く未知であるといってよいでしょう。まさにそういう空間で、出てくるのが学校の怪談であるといえます。

 

怪談で踊る/踊らされる


誰かが作ったものに違いないのに、誰かが作ったものでなくなる感覚。そんな感覚こそが学校の閉鎖性とセットになって存在するものであるといえるのではないでしょうか。つまり、誰が突然あることをやりだすかがわからないのと同様に、自分がやりはじめたことが、当初の文脈や意図を無視した形で伝わっていってしまう危険性があります。だから学校小説には、今ある文脈を共有しない存在である転校生という表象が、特権的な地位として表れるのです。学校を支配しているのは、それぞれ個人がどう思っているかという内面ではなく、その場その場で共有されている文脈であって、表面です。しかしそうであるがゆえに、常にそのよくわかる表面の部分の向こう側には「怪物」がいるという想像力が容易に支配するのです。しかし「怪物」は造り出すということはできるかもしれませんが、その「怪物」をコントロールすることは難しいのです。

 

そうでないならば怪談が3人の手を離れることもなかったし、そもそもその3人も怪談を作ることに成功してはいなかったでしょう。怪談で踊ることができるのは、学校という空間が自分にとっても他人にとっても表面以外はわからないからで、そこにある種の想像力が宿るような空間であるといえます。その中でどのような想像力の可能性があるのか、そしてそうしたその想像力がどのような意味を持つのか。この連載ではそういったことを考えていきたいと思っています。


この学校という空間の独特の閉鎖性とその向こうにある想像力との関係は、ライトノベルというジャンルを考えるうえで非常に重要な意味を持つということができます。そうした想像力の仕組みを見せてくれるという点で、本作は非常に優れたメタライトノベルであるともいえるでしょう。

竜騎士07の他の作品

『ひぐらしのなく頃に 第一話 鬼隠し編(上)』著者:竜騎士07/イラスト:ともひ(星海社文庫)
『ひぐらしのなく頃に 第一話 鬼隠し編(上)』著者:竜騎士07/イラスト:ともひ(星海社文庫)
『うみねこのなく頃に Episode 1(上)』著者:竜騎士07(講談社BOX)
『うみねこのなく頃に Episode 1(上)』著者:竜騎士07(講談社BOX)

【連載】

vol.1 時雨沢恵一『キノの旅シリーズ』
滞在は3日間。次の国へと旅を続ける物語。これからどこかの国にコミットするあなたに
vol.2 竜騎士07『怪談と踊ろう、そしてあなたは階段で踊る』
スリルを求めて中3生が生み出した学校の怪談。学校という空間の独特の閉鎖性とそれゆえ宿る想像力にあなたも共感できるはず
vol.3 桜庭一樹『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』
切実な現実と日々闘うための「砂糖菓子の弾丸」。何かを撃ち続けていたい気持ちにリアリティを感じる人も多いのでは
vol.4 入間人間『六百六十円の事情』
「カツ丼作れますか?」の一言がきっかけにつながる人たち、それぞれの日常。他者への想像力がちょっとだけふくらみます

vol.5 滝本竜彦『ネガティブハッピー・チェンソーエッヂ』
正体不明のチェンソー男との放課後の戦いの日々が始まる。戦う理由は、絶望感?リア充?

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