今をとことんLive

ライトノベルのソムリエ@おススメの1冊 vol.1

時雨沢恵一『キノの旅シリーズ』電撃文庫

永田 大輔 (筑波大学大学院人文社会科学研究科院生)


滞在は3日間。次の国へと旅を続ける物語

 

今回紹介する作品は時雨沢恵一(絵・黒星紅白)の2000年に第一巻が発売された『キノの旅シリーズ』です。とりあえず『キノの旅シリーズ』のあらすじ(というか短編集なので物語の構造)を簡単に紹介しておきたいと思います。

 

主人公はしゃべるモトラド(バイクのようなもの)の「エルメス」に乗りながら旅をするキノ。キノが物語の中で旅する国は「大人の国」「多数決の国」など、そうしたイメージを極端な形で表した名前の国です。キノは、そうした国に時になじんだり、違和感を抱いたりしながらも、結局のところそこにいつくことはなく、次の国へと旅立っていきます。たとえはじめ気に入った国であっても、キノは自分の中でルールを決めており、同じ場所には3日しか滞在しません。その国が気に入ろうと気に入るまいと、それ以上長くいることはありません。そして、何事もなかったかのように次の場所へと旅を続けていくのです。

 

 『キノの旅 the Beautiful World』時雨沢恵一、イラスト:黒星紅白(電撃文庫)アスキー・メディアワークス刊
『キノの旅 the Beautiful World』時雨沢恵一、イラスト:黒星紅白(電撃文庫)アスキー・メディアワークス刊

世界は美しくなんかない。そしてそれ故に、美しい。

The world is not besutihul.Therefore,it is.

 

ここで引用したのは、第1巻の冒頭に付された詩です。この詩の解釈は様々に見ることができるでしょうが、ここでは『キノの旅シリーズ』の核心として捉えることができるという解釈をしてみます。「世界は美しくない」というのは、キノが個々の国を旅する中で毎回直面するということです。しかし、そうであるにも関わらず「仕方なく」という感じもなく、むしろ旅を続けるのはなぜでしょうか。それはキノが「それぞれの美しくなさ」の中にこそ、美しさを見出しているからに他なりません。

 

これは、個々の国に深くコミットすることがないからこそ、様々な価値観を見てとることができるという点で可能になる立場ですが、こうした美しさの享受というのは、ある種の限界を持ったものであるともいえます。

 

まず世界を「美しいかどうか」という視点で見るということ自体が、観察者であり、生活者としての視点を持ったものであるとはいえません。こうした観察者という感覚と自己がコミットできないという感覚は、(詳述はネタバレになるので避けますが)キノ自身の設定とも関連してきており、自分が観察者にしかなりえないことを示しているということができます。それは、成熟して「自分が何者であるか」ということがわかってしまった段階では、できないことなのです。

 

ただ、それを引き受けたうえで、どこかの「○○の国」にコミットし、そこで成長するのではなく、成長するまでのたびを続けるという選択肢を(それ以外には、何事にもあまり積極的とはいえない)キノが積極的に選ぶことになるのです。このことの判断の是非は、実際に皆さんがこのシリーズを手にとって考えていただければと思います。

 

物語の海へ

-「美しくない世界」を知り、「それゆえに美しい」を体験してほしい

 

こうした『キノの旅』の話というのは、ある意味ではこの連載のテーマでもあります。みなさんは、まだ進路選択の直前の段階にいます。これからどこかの「国」にコミットすることにもなるでしょう。その中で、他にも「美しくない世界」をたくさん知ることで、「それゆえに美しい」ということを体験していただきたいと思います。そのために、様々なライトノベルを皆さんにご紹介し、色々な国のガイドをしていくのが、これからの僕の役割になります。ライトノベルだけでなく、様々な世界を見つつ、自分が「○○の国」の住人になるかどうかということは、皆さんが決めていってください。それではまた次回の作品でお会いしましょう。

 

高校生が感想を送ってくれました

「キノの旅、私の旅」高校1年 本多ゆずさん

【連載】

vol.1 時雨沢恵一『キノの旅シリーズ』
滞在は3日間。次の国へと旅を続ける物語。これからどこかの国にコミットするあなたに
vol.2 竜騎士07『怪談と踊ろう、そしてあなたは階段で踊る』
スリルを求めて中3生が生み出した学校の怪談。学校という空間の独特の閉鎖性とそれゆえ宿る想像力にあなたも共感できるはず
vol.3 桜庭一樹『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』
切実な現実と日々闘うための「砂糖菓子の弾丸」。何かを撃ち続けていたい気持ちにリアリティを感じる人も多いのでは
vol.4 入間人間『六百六十円の事情』
「カツ丼作れますか?」の一言がきっかけにつながる人たち、それぞれの日常。他者への想像力がちょっとだけふくらみます

vol.5 滝本竜彦『ネガティブハッピー・チェンソーエッヂ』
正体不明のチェンソー男との放課後の戦いの日々が始まる。戦う理由は、絶望感?リア充?

 

自己紹介

1)    自己紹介

ライトノベルを紹介していくコラムを担当する永田大輔です。次回からはいくつか作品を紹介していきますが、今回に限っては私自身の自己紹介とライトノベルとはそもそも何なのか、そして本連載を通してみなさんにどのようなことを伝えようかということに関してお話したいと思います。

 

僕は、筑波大学の大学院人文社会科学研究科で、「オタク」というように呼ばれる集団が、いかにして社会にイメージとして現れてきて、そしてこの社会に定着していったのかということを研究しています。そうした文化研究のひとつとして、アニメや漫画などの原作であり、オタク文化の代表的なモノの一つとして語られるライトノベルや、それをめぐるメディアミックスなどの周辺現象にも関心を持ってきました。そうしたことから、みなさんにライトノベルを紹介するというコラムを担当することになりました。

 

2)    ライトノベルとの出会い

しかし、そうした立場でありながら私自身のライトノベルの出会いというのは、皆さんと大きく違うものではありませんでした。私が始めて触れたライトノベル作品というのは、90年代に声優の林原めぐみ(皆さんには、ポケモンのムサシやコナンの灰原哀の声優さんといったほうが、通じがいいかもしれません)が主役をしている一連のアニメの原作としてでした。

 

そこでは、あかほりさとる[※1]と神坂一[※2]という2人の作家の原作が突出した存在感を持っていました。そうしたライトノベルは、今のような学園物中心のライトノベルとはやや趣の異なる、凝った設定のファンタジー戦闘物が中心でした。それが最初の私のライトノベルのイメージでしたが、そこにブキーポップなどのセカイ系[※3]という世界観が次第に導入されていく様子というものをわき目にみながら、読書体験を重ねてきました。自分で書いていて、驚くほど凡庸な出会いですが、そんな感じで私のライトノベルというジャンルに大きく惹かれていくことになるのです。

 

3)    そもそもライトノベルとは

さて、ライトノベルを紹介するといっても、まず「そもそもライトノベルっていったいなんだろう」という方も多いと思います。このコラムの主旨から言ってライトのベルがそもそもわからない人に説明していく必要があるでしょう。ただ、こうした問題は、実は答を出すのが簡単ではないのです。

 

「ライトノベルは特定のレーベルの小説で」「ライトノベルは、漫画やアニメのような小説で」という「定義」でしょう。しかし、こうした議論というのは、「こういうのもライトノベルじゃん」という形で漏れが出てしまっているということができます。ここでは、とりあえず積極的にライトノベルというものを定義しないまま[※4]、私がライトノベルと考えるものをいくつか紹介していって、それを通して実際に皆さんに読んでいただく中で考えていければいいと思います。

 

4)    本連載を通して

ライトノベルの世界は非常に広大で、その「ライトな」ノベルの中にも、みなさんの人生のかじを切るような思想や考え方が隠れています。その作品を面白おかしく読みながら、それを通して色々なことを考えてください。みなさんが考ていくうえでの一つの道しるべ、そしてたたき台として、これからの私の文章を呼んでいってくださればと思います。

 

それでは次回から具体的な作品の紹介をしていきたいと思います。オーソドックスなものから、そこそこマニアックなものまで、網羅的であるというよりは「僕の好きなもの」を紹介していきたいと思います。それではまた次回お会いしましょう。

 



[※1] 1965年生まれ。ライトノベル作家・漫画原作者。アニメ化した代表作に『NG騎士ラムネ&40』『セイバーマリオネット』『サクラ大戦』など。

[※2] 1964年生まれ。あかほりと同じく90年代にとりわけ活躍したライトノベル作家。『ロストユニバース』『スレイヤーズ』の原作者。

[※3] ポストエヴァンゲリオン的とも言われるような一連の作品群のことを指す。これに関して関心のある方は前島『セカイ系とは何か-ポストエヴァのオタク史』を参照されたい。

[※4] こうしたライトノベルの定義に関心がある方は、新城カズマ『ライトノベル「超」入門』ソフトバンク新書や大塚英志『キャラクター小説の作り方』講談社現代新書といった本が参考になると思います。

 

『NG騎士ラムネ&40』 あかほりさとる(角川書店)
『NG騎士ラムネ&40』 あかほりさとる(角川書店)
『セイバーマリオネット』 あかほりさとる(富士見ファンタジア文庫)
『セイバーマリオネット』 あかほりさとる(富士見ファンタジア文庫)
『サクラ大戦 巴里前夜2』 あかほりさとる(富士見ファンタジア文庫)
『サクラ大戦 巴里前夜2』 あかほりさとる(富士見ファンタジア文庫)

『ロストユニバース』 神坂一(角川コミック)
『ロストユニバース』 神坂一(角川コミック)

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