舞台の上のベストパフォーマンスを支えるホールスタッフ
~神奈川県立神奈川総合高校の音響・照明スタッフは、まさにプロ集団

神奈川県立神奈川総合高等学校には、客席数463席の音響や照明の設備の整った多目的ホールがあり、校内の授業や部活、有志の演劇や音楽活動、ファッションショー、講演会などに幅広く使われています。


公立高校でこのようなホールを持っているのは珍しいことですが、神奈川総合高校では、このホールの運営も生徒が行っています。これが「ホールスタッフ」(ホルスタ)です。

ホルスタのメンバーは1年生から3年生まで合わせて44人。「部活」ではなく有志団体という位置づけです。演劇やバンドなど、特定の団体には所属せず、ホールで行われる全てのイベントや表現活動の音響や照明、全体管理などをサポートする、いわばプロ集団です。その仕事ぶりは真剣そのもの。舞台を支えていくプロ意識にあふれています。


文化祭本番を控えて大忙しのホルスタの皆さんに、話を聞いてきました。(2015年9月11日)


当日は、9月20日・21日の文化祭(翔鴎祭)に向けて、ミュージカル&演劇部がリハーサルをしていました。多目的ホールの前は天井の高いホワイエになっていて、黒いつなぎのホルスタのメンバーがあちこちで打ち合わせをしています。多目的ホールの舞台袖への入り口は二重ドアになっていて、ホール外の雑音や光を完全に遮断する構造になっています。舞台袖では音響や照明の担当の皆さんが、進行表を手に、真剣な表情で舞台を見つめています。

 

ホルスタの仕事は、照明と音響の2つに分かれています。


音響は、マイク等のセッティング、音質の調整、音源の再生など、音声に関わること全般を担当します。さらに、インカムをつけて舞台と調整室間の連携サポートや全体の管理など舞台監督としての仕事も行います。


照明は、照明案の作成へのアドバイス、照明機材のセッティング、照明操作・調整などを行います。


2つの担当は専門職で、部活やイベントなどから依頼があると、音響・照明からそれぞれ担当スタッフを決め、練習や本番のスケジュールに合わせてシフトを組んで活動します。

音響や照明には、特別な知識や経験が必要なので、多くの高校演劇部では部員の中で照明担当を決め、その仕事だけをしています。ホルスタの皆さんは、舞台上にある照明器具自体を入れ替えるなど、通常なら劇場で働くプロのスタッフの仕事を生徒自身が行っているのが大きな特徴です。


【ホールスタッフの主な活動スケジュール】

 4月 各種式典、新入生歓迎会、各新歓公演

 5月

パートナーズ総会フェスティバル、パートナー校報告会

 6月

テーマ研究作品発表会
 7月 テーマ研究発表会、生徒自主公演
 8月 【ホール設備点検】、【ホルスタ技術講習会】

 9月

オープニングセレモニー、翔鷗祭、後夜祭、終業式、前期卒業式
 10月 後期入学式、[高P連横浜北地区研修大会 、エキスパートレクチャー]
 11月 地域貢献デー、研修旅行・パートナー校報告会
 12月 芸術フィールド発表会[音楽]
 1月
 2月 エキスパートレクチャー
 3月 授業・研究発表会、卒業生を送る会、各種式典、各卒業公演

※ホールスタッフのHPより

照明担当と、音響担当のメンバーの方にお話を聞きました。


今回のインタビュアーは、みらいぶ大学生特派員の金子麻さん(国際基督教大学1年)。金子さんは、高校時代演劇部で、舞台監督や演出の経験もあります。


 

■音楽を聴いていても、「エア照明」が頭に浮かんでしまう?!

~照明担当

照明担当 左から秋元友愛(ゆうあ)さん(2年)・阿部寛奈(ひろな)さん(2年)・芦垣綾乃さん(1年)


――ホールスタッフの活動で、「楽しい!」「嬉しい!」と感じるのはどんなときですか。

阿部さん)
私は、何と言っても自由に照明を作らせてもらえるときです!光を作る時間がたくさんあると、様々な色を組み合わせてみたり、いろんなところから光を当ててみたりと、斬新な照明づくりに取り組めるんです。それから、照明の依頼をしてくれた演者さんから公演後にお礼を言われるときや、お客さんの感想を聞くときも好きです。

秋元さん)
私は、「自分の照明で演者さんのテンションが上がってるな」と感じられるときです。そうして本番が始まって、お客さんが入ることで完成した舞台を見ると、本当に心を動かされます。

芦垣さん)
私も、本番でお客さんの拍手を聞くといつも感動します。それから、これは私の個人的な気持ちですが、舞台袖でフィルタを変えるなど、自分の仕事ひとつひとつを上手くやり遂げたときは、楽しいなと思います。

 

――それでは反対に、「つらい」「たいへんだ」と思う瞬間は?


阿部さん)
私は今2年生ですが、文化祭などのリハーサルの時期になると、スタッフの中心となって指揮をとらなければいけないんですよ。それと同時に、やることもたくさん出てくるので、睡眠時間が削られるのが少したいへんです。


芦垣さん)
卓(照明を操作するスイッチ盤のようなもの)の操作でミスしてしまったときや、先輩方に教えてもらったことがなかなか上手くできなかったときは、「つらい」というか、慌ててもどかしい気持ちになります。

秋元さん)
私たちは「プロ」ではないので、どうしてもできることが限られてきてしまいます。そのせいで演者さんの希望に100点満点で応えられないことがあるので、私はそんなときに申し訳ないな、と。



――勉強との両立という面では、たいへんではないですか。


秋元さん)
勉強はやろうと思えばできるよね。

阿部さん)
ホールスタッフの活動は、公演のあるときはとても忙しくて、今日も朝から夜までリハーサルや会議づくめです。でも、夏休みなど公演がないときは、ほとんど活動がありません。だからそこを使ってしっかり勉強すれば、結構なんとかなります。



――技術やセンス向上のために、普段から心がけていることはありますか。例えば、ライブやお芝居を観に行くとか。

阿部さん)
舞台を観に行きたい気持ちはあるんですけど、お金と時間の問題が…(笑)。

秋元さん)
むしろライブ映像などの動画を見る方が多いです。観ながら「あ、この照明いいな」とか思ったりして。

阿部さん)
私はロックバンドのライブ動画をよく見ますね。アイドルのライブだと、常に全身を照らす照明だけど、ロックバンドはいろいろな照明効果を使っていて面白いですから。


――演劇部のようにキャストと裏方両方を受け持つのではなく、あえて裏方を専門にやる道を選んだのはなぜですか


阿部さん)
私は、舞台に立とうという気持ちよりも、裏方をやりたい気持ちの方が勝っていました。昨年は演劇部に所属していて、キャストの経験もありましたが、やはり裏方で働く方が好きなんですよね。人を楽しくさせることで、より大きな達成感が得られるんです。

秋元さん)
私はもともとキャストをすることを考えたことがないのでよくわかりませんが、両方やった方が視野は広くなるかもしれないです。でも、照明に集中することで、演者さんとは違う、客観的な視点を持つこともできると思います。演者さんと、お互いの視点から意見を言うことで、よりよい舞台ができるんじゃないかな、と思います。

芦垣さん)
私はもとから、誰か他人を支えるのが好きで。だから舞台に立つ人をより引き立てて目立たせる照明の仕事に憧れました。



――ホールスタッフでの活動を始めてから、自分自身で何か変わったことはありますか。

阿部さん)
私は、いい意味で時間に厳しくなりました。舞台って、時間が押したり巻いたり(=予定の時間よりも遅れる・早まる)に左右されやすいので、裏方をやっていれば必然的にそうなると思います。内面的な部分では、音楽を聴くときに、頭の中でエア照明をつけるのが癖になりました。一種の職業病みたいな(笑)。

芦垣さん)
私も同じように、音楽を聴いているときや舞台を観ているときの視点が、裏方ならではのものに変わりました。「ここはこういう風に照明をつけるんだな」って、常に考えてしまいます。

秋元さん)
私は、正直言って以前はけっこう人見知りでした。でもホールスタッフをするようになってからは、舞台裏から見えたことや必要な情報を他の人にちゃんと伝える必要が出てきたので、そのおかげで自分の意見をはっきり言うことができるようになりました。今回のインタビューだって、ホールスタッフになる前の私だったら、呼ばれた時点で逃げていたと思います(笑)。

――将来、ホールスタッフでの経験をどう活かしたいと思っていますか。


阿部さん)
「プロの照明スタッフになる!」と決めてその道に進んだ先輩もいますが、みんながみんなそうだというわけではないですね。私自身は、プロを目指すことばかりがこの経験を活かす道というわけではないのかな…と感じています。

秋元さん)
ここで得たものは、将来舞台に関わる職業を選んでもそうじゃなくても、絶対にどこかで活きてくるものだと思うんですよ。それは直接的なものじゃないかもしれないけれど、今こうやって活動していることの中で、何一つとして無駄なことはないです。

■自分の仕事をしっかりこなせた時の充実感は最高! ~音響担当

音響担当 碓井果歩さん(2年)


――ホールスタッフの活動で、いちばん達成感を感じるのはどんなときですか。

碓井さん)
いろんな感じ方があると思いますが、私は、自分の仕事をしっかりこなせたときですね。皆のため、演者さんのため、という面もありますが、好きでやっているので、やはり一番は自分のため、というのが正直なところです。



――逆に、つらかったりたいへんだと思ったりするのは?

碓井さん)
音響は舞台監督の役割も兼ねるので、進行表といって、全体のいわゆるタイムテーブルを作るのも仕事なのですが、リハーサルのたびに毎回書き直すので、これが結構たいへんです。作業自体は楽しいので好きですけどね。私はそんなに夜更かしはしなくて、基本的に夜はゆっくり寝て、朝早く起きて作業することが多いです。


勉強という点では、私は若干手を抜いているかもしれません。ホルスタの活動のせい、というわけではなく、今は生活の中心がホルスタ、という感じです。



――技術やセンスを磨くために、どんなことをしていますか。


碓井さん)
先輩方に教えてもらったことや、先代のスタッフが残した資料を参考にします。それから舞台を見ていると、やっぱり意識が常に音響に向いてしまうところはありますね。



――あえて音響や舞台監督など、表に出ない仕事を専門にする道を選んだのはなぜですか。

 

碓井さん)
そもそも「キャストとして演じたい」という意識がありませんでした。小さい頃にバレエで舞台に立っていた頃から舞台の裏側には興味があって、それでホールスタッフに入ってからは、もう裏方一筋という感じです。



――ホールスタッフでの活動を始めてから、どんなところが変わったと思いますか。

 

碓井さん)
生活スタイル等では特に思いつきませんが、公演の依頼を受けたり、打ち合わせをしたりというのを全てメールで行うので、ちゃんとした文面のメールを作るのがうまくなったと思います。相手が知り合いだとも限らないですし。



――将来、ホールスタッフでの経験をどう活かしたいと思っていますか。

 

碓井さん)
できれば舞台に関わっていきたいと思います。大道具や舞台監督の仕事には興味がありますが、まだわかりません。

 

■舞台に上がる人たちと一体になって、Best Performanceを創り上げる

インタビューが終わって、私たちが再びホールに戻った時、舞台では文化祭の後夜祭のMCの人が練習をしていました。舞台台上と客席のMC同士で掛け合いをしながら進めていきます。私たちは「ノリもいいし、当日にならないと確定できない部分も多いし、この時期としてはいい感じに仕上がっているな」と思いながら見ていましたが、通しの練習が終わったとたんに空気が一変しました。

 

「***の頭出しのタイミングはどこに合わせますか」「スポットをあてるタイミングは今くらいでいいですか」「△△のところは、もう少し間を取ってください」と、ホルスタのメンバーから質問や指摘が次々と入ります。MC担当の人も、一つひとつ真剣に考えて答えていき、音響の人が決まったことを口に出して確認しながら進行表に書き込んでいきます。「この程度でいいや」という妥協はありません。舞台に立つ人もホルスタも一丸となって、よりよいものを作ろうとする気迫が伝わってきます。

 

MCの練習が終わると、次は打楽器の団体のリハーサルです。交代の時間は約10分。舞台上の目印のテープを貼り換えたり、ライトを交換したりとけっこう大掛かりな転換ですが、ホルスタの担当メンバーはサクサクと準備を進めていきます。ウロウロしているメンバーは一人もいません。さらに、「あれをやれ、これをして」と指示を飛ばす人もいないので、忙しそうですが、とても静かです。メンバー一人ひとりが、自分が今何をすべきかをきちんと把握して動いているからなのでしょう。ホルスタの皆さんこそ、舞台を創り上げるもう一つの主役であることを感じました。

■取材を終えて 

みらいぶ大学生特派員の金子麻さん(国際基督教大学1年)

私の高校時代は、演劇部での練習に明け暮れる日々でした。ふだんは趣味もクラスも学年も違う、とくに一緒につるんでいるわけでもない他者同士が、1時間ポッキリの作品をつくりあげるためだけに集まって、お互いの青春を費やす空間。考え、話し合い、走り回って汗をかいた思い出。まことに勝手な個人の印象かもしれませんが、私はホールスタッフとして活動する神奈川総合高校の皆さんに、そんな自分たちの過去の面影を見出していました。

今回の取材のなかで、彼らは自身の仕事に誇りと愉しみを持っていることを強く感じました。あくまでもプロではないけれど、自ら計画・準備を進め、実際の舞台を見えないところから支える。依頼主の希望に沿う範囲の中ではありながらも、自分が表現としてやりたいこと、新しいことに次々と挑戦していく。部活としてではなく、生徒による有志団体であるというそのかたちも、生徒たち自身が学校全体の運営を行っている神奈川総合高校ならではとも言えるのかもしれません。

たいへんなこと、つらいことがあっても、壁にぶち当たろうとも、好きなことを続けていきたい。こんな高校生活を送ることができる彼らが、私はすこし、羨ましくもあります。「やりたいからやってるんです。それだけなんです」。そう答えた彼女の瞳がいきいきと輝いていたのを、私はまだ忘れることができません。

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