2019さが総文

石畳状の構造を持つ貝「イシダタミ」は、40℃を超える真夏の「潮だまり」から逃れられるのか?!

【生物】高知県立春野高校 科学部

上左から 羽方響くん(3年)、村田翔吾くん(3年)、下左から 森下弥咲くん(2年)、 光森矛佐偲くん(1年)
上左から 羽方響くん(3年)、村田翔吾くん(3年)、下左から 森下弥咲くん(2年)、 光森矛佐偲くん(1年)

■部員数 4人(1年生1人・2年生1人・3年生2人)

■答えてくれた人 羽方響くん(3年)、森下弥咲くん(2年)、光森矛佐偲くん(1年)

 

イシダタミの暑さ対策

猛暑の中、潮間帯上部にすむイシダタミはどのように体温上昇を抑えているのか?

 

近年の夏は極端に暑く、生物がどのようにして暑さをしのぐのかを知るため、イシダタミという巻貝の暑さ対策について研究しました。イシダタミは北海道から沖縄、シンガポールまでの潮間帯(高潮時の海岸線と低潮時の海岸線の間の部分)に分布する巻貝で、名前の由来は、貝殻の表面上に石畳状の構造がみられるためです。

 

イシダタミの貝殻表面には溝があり、毛細管現象によって貝殻表面から海水を吸い上げると考えられます。その海水が蒸発するときに周りの熱を奪うので、日差しによる体温上昇を抑えているのではないかと考え、研究を行いました。

 


 

また、海水に沈んだり干上がったりする潮間帯でも、上部と下部では水没している時間が異なるため、生息する巻貝の種類も異なります。

 

イシダタミは、潮間帯の上部に生息しているため、暑さや乾燥に強いのではないかと考えました。

 


 

貝殻の形状による違いを比較~潮間帯上部のイシダタミと下部の巻貝

 

私たちはイシダタミの貝殻の表面構造に注目し、次のような仮設を立てました。

 

仮説1.潮間帯上部にすむイシダタミは、潮間帯中部や下部にすむ巻貝より熱に強い。

仮説2.イシダタミの貝殻は効率よく海水を吸い上げる表面構造を持ち、蒸発熱で温度の上昇を抑えている。

 

仮説を検証するために、(1)野外調査 (2)水温実験(仮説1.の検証)(3)貝殻への照射実験(仮説2.の検証)を行いました。

 


 

(1)野外調査

 

2018年8月10日の大潮の干潮時 (10:30~14:30) に、土佐湾に面する高知県香南市の手結海岸で行いました。天気は晴れ。気温31〜33℃。湿度52〜61%。潮だまりの水温や塩分濃度、岩場や石の表面温度を測定し、イシダタミなどの行動を観察しました。

 

 

(2)水温実験(仮説1.の検証)

 

潮間帯の各種巻貝を採集し、水温上昇に伴う行動の様子と、何度まで耐えられるかを調べました。プラスチック水槽に100~150Wの水槽用ヒーターと温度計を設置し、アマオブネ、イシダタミ、スミガイ、クボガイを20個体ずつ入れました。

 

徐々に温度を上昇させ、それに伴う貝の行動変化を観察しました。

 

 

(3)貝殻への照射実験(仮説2.の検証)

 

●実験I 潮間帯上部の貝と下部の貝を比較

 

イシダタミの貝殻(軟体部は取り除く)を、乾燥している場合と、海水に貝殻の一部を浸している場合とに分け、100W電球を15cm離し、30分照射して表面温度の変化を測定しました。海水に浸した理由は、蒸発熱の影響を調べるためです。

 

また、比較のため、潮間帯の下部に生息するクボガイの貝殻でも、同様の実験を行いました。

 

 

●実験II イシダタミの貝の表面構造を比較~そのままの表面と削った表面

 

貝殻の表面構造の影響について詳しく調べるため、イシダタミの表面を紙やすりで削った貝殻と、そのままの貝殻を海水に浸して、照射実験を行いました。表面温度の変化は、サーモグラフィカメラで表面温度の変化を測定しました。

 

 

(1)野外調査:石の下や水底などでじっとしていたイシダタミ

 

イダタミの多くは、岩のくぼみや潮だまりの石の下に、集団でじっとしていました。水底で動かない個体もあれば、水中から這い出して体の一部分を海水に浸している個体もいました。

 

イシダタミがたくさんいた潮だまりの石の表面温度は50℃に達するところもありましたが、石の下の海水に浸った裏側は40℃以下でした。

 

下表は、イシダタミがいた潮だまりの中で最も温度が高かったところの、水温と塩分濃度の変化です。13時32分には40℃に達し、塩分濃度の変化も見られました。こうした場所で、イシダタミは水底にいたり、水温の上昇とともに水中から這い出して水面すれすれでじっとしていました。

 

 

このイシダタミも体の一部を海水に浸していました。右は同じ場所をサーモグラフィカメラで撮影したものです。這い出した個体の貝殻の表面温度を、放射温度計で詳しく測定すると、水温より低いことがわかりました。

 

 

(2)水温実験:水中から這い出して逃げる行動をとる

 

アマオブネとイシダタミは、温度上昇にともない多くが水槽の壁を伝って水中から這い出して回避行動をとったのに対して、スガイやクボガイにはこうした行動は見られませんでした。

 

水中にとどまった個体については、クボガイが41℃、スガイが42℃で動かなくなってすぐに死んでしまったのに対し、イシダタミは43℃、アマオブネは45℃で軟体部の一部を出して動かなくなりました。しかし、そこからすぐに取り出せば生き続けました。

 

 

(3)貝殻への照射実験

 

●実験I:海水に浸した方が温度上昇は緩やかになる

 

イシダタミは、乾燥した場合は照射を開始して3分後に40℃、10分後には50℃を超え、30分後には56.7℃まで達しました。

 

一方、海水に浸した場合は温度の上昇が緩やかで、30分後は42.7℃。乾燥した場合より14.0℃低く抑えられました。

 

クボガイは、乾燥した場合は3分後に40℃、10分後には50℃を超え、30分後は57.1℃に達しました。海水に浸した場合は15分後に40℃を超えて、30分後に44.3℃になり、乾燥した場合より12.8℃低く抑えられました。

 

 

●実験II:貝殻の表面を削ると温度は急上昇してしまう

 

サーモグラフィで見ると、貝殻を削らずそのままの方が、色の変化が緩やかなのに対して、削ったものの方は急激に色が変化していくのがわかります。つまり、削ってしまうと、急激な温度上昇が起こるということです。

 

 

グラフで表すと、その差がより明確に現れます。そのままの貝殻は、温度が緩やかに上昇するのに対して、削った貝殻はほぼ直線的に温度が上昇しています。10分後には、削ったものは45.9℃になり、そのままの方より6.2℃高くなりました。

 

 

潮間帯上部の巻貝は熱に強く、蒸発熱で温度の上昇を抑えている

 

野外調査からは、日光を遮るものがない潮だまりで、水温40℃でも耐えていたことから、一定の熱耐性を持っていることがわかりました。また、水温上昇に伴い、海水中から這い出し、海水に体の一部を浸しておくことで、体温上昇を抑えていると考えられます。

 

水温実験からは、潮間帯上部のアマオブネとイシダタミは、潮間帯中部や下部のスガイやクボガイよりも高温に耐えたことから、仮説1.を支持する結果が得られました。

 

水温上昇に伴う回避行動は、潮間帯上部の巻貝だけに見られる特有の行動で、潮間帯中部や下部の巻貝は温度変化の少ない海水に浸った状態で生活しているため、海水面から出て暑さをしのぐ必要がないと思われます。

 

 

また、貝殻への照射実験Iから、乾燥した場合のイシダタミとクボガイでは、差はほとんど見られないことがわかりました。

 

一方、海水に浸したイシダタミとクボガイを比較すると、その差が明らかになりました。

 

20分前後まではほぼ同じ温度ですが、その後、イシダタミはほとんど変わらないのに対して、クボガイは少しずつ温度が上がり、30分後にはイシダタミより1.6℃高くなりました。測定は30分間のみだったので、このまま続けていれば、差は広がったと思われます。

 

この差が生じた要因は、クボガイの貝殻が途中で乾燥してしまったためで、海水を吸い上げる表面構造を持っていないことが理由と考えられます。一方、イシダタミは、海水を吸い上げ続ける表面構造を持っているので、温度上昇を抑えることができたと思われます。

 

 

さらに、貝殻への照射実験IIからわかるのは、イシダタミの貝殻の表面を削った方が、削らずにそのままの方より温度上昇が大きかったことです。その理由は、表面構造を削ったことで、海水を保水したり、吸い上げたりできなかったからだと思われます。

 

サーモグラフィで、そのままの貝殻表面の温度分布を詳しく見ると、貝殻の膨らんだ殻幅部が36.4℃、殻頂部は34℃と、殻頂部が最も温度が低いことがわかりました。これは貝殻表面に耐えず海水を吸い上げながら水分が蒸発し、蒸発熱が奪われたからだと思われます。

 

 

ここでイシダタミの貝殻を海水に浸したときの様子を動画で見ていただきたいと思います。このように、石畳上の表面構造の溝に海水が染み込んでいく様子がわかります。これは毛細のように、石畳上の表面構造の溝に海水が染み込んでいく様子がわかります。これは毛細管現象です。

 

 

以上から、次のことがわかりました。

 

1.潮間帯上部の巻貝は、中部や下部の巻貝より、高温下でも生き抜く耐熱性を持ち、環境に適応している。

2.イシダタミは、水中から這い出して貝殻の一部を海水に浸すことで、貝殻表面に海水を吸い上げ、蒸発熱などで温度上昇を抑える仕組みを持っている。

  

今回はっきりしなかった点について、今後も検証を続けたいと思います。

 

1.巻貝の種類やサンプル数、実験回数を増やして、データの信頼性を高める。

2.塩分濃度の影響や水温実験で回避行動をとる個体が半数だった原因について調べる。

 

■研究を始めた理由・経緯は?

 

科学部では、数年前からイシダタミの研究を行っていました。今回も継続して研究しようと考え、生息している場所に注目しました。イシダタミは、日差しが強く熱い場所でも生息しているので、どのように暑さ対策をしているのか、興味を持ちました。この巻貝の名前の由来ともなった石畳状の構造が関係しているのではないかと考え、研究を始めました(羽方くん)。

 

新しい研究テーマを探していたときに、科学部の先輩たちが研究していた貝殻が大量にあったので、それをながめていたときに、先輩が「この貝殻はなぜこんな模様をしているのか」と言ったことが、研究を始めたきっかけです(森下くん)。

 

■今回の研究にかかった時間はどのくらい?

 

夏季休業中に集中的に実験・研究を行いました。休日は1日3時間~5時間程度、平日1日2時間程度で、まとめも含めて3カ月程度かかりました。

 

■今回の研究で苦労したことは?

 

水温実験に苦労しました。30匹のイシダタミを、海水入りの水槽に入れてヒーターで温め、行動をしばらく観察するという実験を何度も繰り返したのが大変でした(羽方くん)。

 

炎天下に、海岸の潮だまり等を長時間観察したのがつらかったです。科学部では、様々な実験に取り組むのですが、想像しているよりも実験のデータが安定せず、バタつくことがあるので、結果を出すのは容易なことではないと感じました(森下くん)。

 

■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?

 

電球を貝殻に照射して温度上昇を調べる実験には先行実験がありますが、その貝殻の蒸発熱の利用について調べるために海水の入ったシャーレに貝殻をのせて照射実験をしたことが工夫した点です(羽方くん)。

 

イシダタミの貝殻表面に海水がスピーディーに吸収されていくところを生で見てほしいです(森下くん)。

 

■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究

 

・「潮上帯に生息するイシダタミとアラレタマキビがもつ熱耐性について」熊本県立苓洋高等学校科学部2015年、熊日ジュニア科学賞

・貝のパラダイス~磯の貝たちの行動と生態~ 岩崎敬二 東海大学出版会1999年

・海の生きもの観察ノート③「磯の生きもののくらし」2004年、編集執筆 村田明久(千葉県立中央博物館分館海の博物館 研究員)、発行 千葉県立中央博物館分館 海の博物館

 

■今回の研究は今後も続けていきますか?

 

今回の研究で新しい疑問が生まれたので、そこを解決したいです。研究でわかったことを生かして、何か生活に役立つ物などを作れないかなと思っています(羽方くん)。

 

イシダタミの貝殻の表面構造を、人間生活に利用できる素材に応用できないか研究したいです。科学部に入ったきかっけは、大好きな虫の研究がしたいと思ったからなので、違うテーマを研究するなら、肉食昆虫の行動(主にカマキリ)を調べたいです(森下くん)。

 

イシダタミの貝殻の構造について詳しく調べてみたいです(光森くん)。

 

■ふだんの活動では何をしていますか?

 

現在もイシダタミの貝殻の表面構造について研究を続けています。研究以外では、高知県の県鳥であるヤイロチョウの観察に行ったりしました(羽方くん)。

 

週1回の部会で活動内容について話し合ったりしています。昨年度は、ヤイロチョウの観察に行ったり、愛媛県立長浜高等学校の生徒が運営している長浜水族館を見学して、互いの研究を発表したりしました。あと、県内のいろいろな研究発表会に出場しました(森下くん)。

 

現在もイシダタミの研究を続けています。この研究以外では、毎週木曜日に部会を開催して、学園祭の内容とかを話し合ったりしています(光森くん)。

 

■総文祭に参加して

 

他校のレベルの高い研究が集まる中で、私たちの研究も発表できたことがうれしかったです。今後も研究に力を入れて取り組もうと思いました(羽方くん)。

 

さが総文で最も楽しかったのは、最終日の生徒交流会でした。全国の生徒とグループをつくってクイズを協力して解いたり、お互いの研究の苦労話など、たくさんの話ができました。会話の中で、私たちの研究に興味を持ってくれたことが何よりうれしかったです。

 

生徒交流会の後に行われた表彰式では、生物部門で「春野高校」の名が呼ばれました。そのとき、研究してきて本当に良かったと思いました。表彰のためステージに立ったときは、あまりの緊張に膝がガクガクしました。これまでにいろいろな大会に出場して、受賞する機会がありましたが、今回が一番うれしく、かけがえのないものになりました(森下くん)。

 

今回は先輩たちの発表を見学するだけになってしまいましたが、次の研究では自分も先輩たちのように発表できるようにしたいです。また、上級生になったときは、後輩を引っ張っていけるような存在になりたいと思っています。今回の総文祭は、とても貴重な経験になりました(光森くん)。

 

※春野高校の発表は、生物部門の優秀賞を受賞しました。

⇒他の高校の研究もみてみよう

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