2019さが総文

目に見えない分子レベルの構造の変化を、pHの数値で可視化!

【化学】宮城県仙台第三高校 自然科学部化学班

左から 中井凜太郎くん、臼渕泰生くん
左から 中井凜太郎くん、臼渕泰生くん

■部員数 21人(うち1年生6人・2年生10人・3年生5人)

■答えてくれた人 臼渕泰生くん(2年)

 

「ホウ酸水溶液と糖水溶液の混成によるpH変化」

ホウ酸の性質とは

皆さん、ホウ酸及びホウ素をご存知でしょうか。ホウ素というのは子供たちに大人気のスライムや耐熱ガラス、ネオジム磁石などの材料として使われていて意外と身近な物質なのです。そしてウィルキンソン著の『基礎無機化学』には「ホウ酸とホウ酸塩は、ジオールあるいはポリオールときわめて安定した錯体をつくり、ホウ酸の酸性度は増大する。」といった記載があります。つまり、ホウ酸と糖のような物質を混ぜるとホウ酸1つと糖1つが結合し、pHが下がるということです。このような記載があるものの、文献には具体的にどのくらいpHが下がるのか書いてありません。

 

そこでまず、実際に身近な物質である糖を用いて実験を行ってみることにしました。

 

3つの糖を用いた実験

この実験では実際に実験を行ってみることでpHがどのように下がるのかを把握することを目的としました。

 

濃度0.1mol/Lのホウ酸水溶液と濃度1.0mol/Lの糖の水溶液を用意しました。糖の種類はグルコース、マルトース、スクロースの三種類で、それぞれの溶液を作成しました。

 

100mLのホウ酸水溶液をかき混ぜながら糖の水溶液を2mLずつ10回加えてそれぞれのpHを記録しました。

 

その結果がグラフ1と2です。グラフ1では糖を加えるほどpHは下がっているので、参考文献通りの結果だといえます。グラフ2はpHを水素イオンの量に表し直したものです。グラフは直線になり、水素イオンの増加はホウ酸と糖が反応していることを表しているため、ホウ酸と糖は一定の割合で反応しているといえます。

 

それぞれの糖のグラフを比較してみると、スクロースだけホウ酸との反応が小さいことがわかります。その違いがなぜ起こるのか新たな疑問が生まれました。

 

 

ホウ酸との反応に違いが生じるのはなぜ?

ホウ酸との反応の違いが生じる原因を調べるため、「ホウ酸と糖が結合することでpHが下がる」という点から、各糖の構造に着目しました。するとホウ酸との反応が小さかったスクロースのみ、フルクトースと呼ばれる単糖が関係していることがわかりました。つまり、このフルクトースがホウ酸との反応を阻害していると考えられます。そこで次の実験では、フルクトースを用いて再度実験を行うことで、フルクトースがホウ酸との結合を阻害していること確認することを目的としました。実験方法は新たにフルクトースを用いて糖水溶液を作成する点以外は前回の実験と同様です。

 

もしフルクトースがホウ酸との結合を阻害しているのならば、グラフ3のようにスクロースと似たグラフになると予想できます。

 

ところが結果はグラフ4のようになりました。仮説に反し、むしろフルクトースはホウ酸ととても反応している結果となりました。ではフルクトースには存在してスクロースには存在しないものとは何なのでしょうか。

分子模型を作成し具多的に把握しながら考察を行うこと1か月、私たちは「シス構造」の有無がホウ酸との反応の大きさに関係していることに気づきました。シス構造とは隣り合って同じ向きにあるOH基の配置を指します。使用したそれぞれの糖のシス構造の数を比較してみると、シス構造の数が多くなるほどホウ酸との反応は大きくなっていると考えられます。

 

 

どのように裏付けるか

 

2つ目の実験ではシス構造の数が多いほどホウ酸との反応も大きくなると考えましたが、そのことを裏付けるために、フルクトースの性質に目を付けました。水溶液中において、フルクトースの構造にはフラノース型とピラノース型があり、それぞれにα型とβ型の計4種類があります。β型はα型に比べてシス構造の数が多く、図説によると水溶液の温度が低いほどβ型の割合が増加することがわかっています。この性質を利用することにしました。現在フルクトースは

「温度の低下=シス構造の増加」

の関係がわかっています。そして私たちは

「シス構造の増加=pH変化量の増加」

というような仮説を立てている状態です。つまり仮説が正しければ、

「温度の低下=pH変化量の増加」

となるはずです。そこで3つ目の実験ではそのことを確かめることを目的としました。

実験方法は10, 15, 20, 25, 30℃のホウ酸水溶液にそれぞれフルクトースの水溶液を加えていきました。温度を変えること以外はこれまでと同様です。

 

 

実際に実験を行うと、結果はグラフ5のようになりました。横軸はホウ酸水溶液の温度、縦軸はフルクトース水溶液を20mL加えたときの水素イオン量の変化量です。温度が低いほどpHの変化量が増加していることが一目瞭然であり、仮説が正しいことを裏付ける結果となりました。この実験は逆に言えば、図説に記載されたフルクトースの構造の変化という分子レベルの目に見えない変化を、ホウ酸を用いることでpHという目に見える具体的な数値で表したともいえます。

 


 

まとめ

 

今回、「基礎無機化学」の一文から実験を進めることで、大きく分けて3つのことがわかりました。まず複数の糖を用いて実験を行うことで各糖におけるpHの下がり具合を具体的な数値で把握しました。また、フルクトースを用いて温度を変えての実験を行うことで、シス構造の数が多いほどホウ酸との結合する量が大きくなることを裏付けました。さらに、目に見えない分子レベルの構造の変化を、ホウ酸を用いることで、目に見えるpHという具体的な数値で表すことに成功しました。

 


■研究を始めた理由・経緯は?

 

学校の文化祭や実験教室で使われているスライムにはホウ砂という物質がかかわっています。

しかしホウ砂やホウ素は学校で使っている教科書にはほとんど記載がなく、詳しく知ることができませんでした。そこで代わりにインターネットや図書館で文献を探したり、顧問の先生に相談したりしたところ、「ホウ酸とホウ酸塩は, ジオールあるいはポリオールときわめて安定した錯体をつくり, ホウ酸の酸性度は増大する。」という記載があり、その頃は深く理解はできないものの面白いと感じました。またその文献には詳しい数値はなかったのでもっと詳しく知りたいと思い、研究を始めました。

 

■今回の研究にかかった時間はどのくらい?

 

1年生のころの5月から研究を始めました。基本的に、平日は1日2時間程度、休日は土曜日の午前中を使って研究を進めました。

 

■今回の研究で苦労したことは?

 

温度を変えての実験を行う際、なるべく温度を一定にすることで正確なデータを得たいのですが、私たちの実験装置では加熱と冷却のみで一定に保つことはできませんでした。だから温度を一定に保つことにはとても苦労しました。

 

またフルクトースの実験について仮説に反した結果となった後、その要因について新たな仮説を立てるために分子模型を作成し考察していたのですが、シス構造の関係性に気づくことに1か月ほどかかり、苦労した点の1つです。

 

■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?

 

福島県立福島高校や、福岡県立鞍手高校でも似たような実験を行っていたのですが、彼らとの違いに着目してほしいです。特に鞍手高校では、ホウ酸に対してフルクトースなどを0.5 g、 2.0 gを加えて水酸化ナトリウムで中和滴定することで酸性度の強さを表している「点での把握」です。それに対して、 私たちはホウ酸水溶液に各糖を加え続けてpHの低下の傾向を把握しているので「線での把握」をしたと言えます。また、私たちはシス構造の数によってホウ酸との反応のしやすさが異なることを利用して、pHの変化からフルクトースの構造の変化を把握することが出来ました。これらの点は私たちの独自性だといえると思います。

 

■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究

 

[1]「基礎無機化学」F.Albert Cotton・Geoffrey Wilkinson  

[2]「無機化学―その概念とモデル―(上)」B.E.Douglas・D.H.McDaniel

[3]「スライムの化学構造に関する考察」福島県立福島高等学校

[4]「徹底追及!ホウ酸の濃度―中和滴定によるホウ酸の濃度決定と反応機構, および身近な物質のホウ酸濃度に関する研究」福岡県立鞍手高等学校

[5]「スクエア 最新図説化学」松本 洋介

[6]「食品保蔵学」加藤 博道・倉田 忠男

以上の6つです。

 

また東北大学の「科学者の卵養成講座」に参加し、多くのアドバイスをもらいました。

 

■今回の研究は今後も続けていきますか?

 

今後も研究は続けていこうと考えています。具体的には、私たちは糖を用いての実験しか考察を立てていないため、今後はアルコールなどを用いて実験を行ってみたいと考えています。

 

■ふだんの活動では何をしていますか?

 

東北大学で行われている、「科学者の卵養成講座」や「サイエンスデイ」などのイベントに参加したり、「わくわくサイエンス」と題して地域の児童館などで実験教室を行ったり、外部の方々との交流を盛んに行っています。またほかの研究班と発表し合い、質問を出し合って、互いの研究をよりよくしようと協力しています。

 

■総文祭に参加して

 

楽しかったです!自分たちの研究を多くの人に見てもらえる貴重な機会であり、とても良い経験になりました。ほかの県の発表を見ても様々な個性があり、本格的なものや、ローカルな視点のもの、実生活に関係しているものなど、大変面白い研究ばかりでとても楽しむことができ、また勉強になりました。彼らの研究を見て、より一層研究意欲がわいてきました。今回の経験を今後の活動に活かしていきたいと思います。また、これまで私たちの研究に関わってきた多くの方々への感謝の気持ちでいっぱいです。この場を借りて深く感謝申し上げます。

 

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