2019さが総文

校庭のイチョウから郷土の名産磁器の釉薬を作る

【化学】愛媛県立松山南高校 松山南イチョウ班

左から 嘉村彩佳里さん、上岡万夏さん(3年)
左から 嘉村彩佳里さん、上岡万夏さん(3年)

■部員数 4人(3年生4人)

 

「イチョウの灰を使った釉薬の開発」

イチョウの灰を使って紫色に発色する釉薬を作る

日本には様々な陶器・磁器があります。私たちの故郷・愛媛には、240年の歴史を持つ砥部(とべ)焼があります。藍色を主とした模様とする美しい磁器です。私たちは、この砥部焼の魅力を多くの人に伝えたいと思い、釉薬の発色に関する研究を始めました。


 

釉薬とは、陶器・磁器の表面をコーティングするガラス層のことで、「うわぐすり」とも呼ばれていて、基本的に透明なガラス層です。焼き物は、絵付け絵の具(顔料)の層が直接発色し、釉薬は汚れから守る働きなどをしますが、今回は、陶器や磁器に直接塗って、焼成によって釉薬そのものが発色するようなものの開発を目指しました。

 

釉薬は主原料、媒熔材、補助剤の3つからなります。一般にはそれぞれ長石、植物の灰、ワラ灰を使用します。

 


私たちの通う愛媛県立松山南高等学校にはたくさんのイチョウの木があります。

 

秋にはきれいな黄色の落ち葉の絨毯になりますが、剪定した枝や落葉の処理に困っているという現状もあります。そこで、今回の実験ではこのイチョウの灰を補助剤と媒熔材として使ってみることにしました。

 


そして、最終的には紫色に発色をする釉薬の開発を目指して研究を進めました。

 

実験の方法です。まずイチョウの葉と枝を用いて灰を作ります。イチョウには多くの油分が含まれるため、十分に乾燥させてから燃焼します。そして、煤(すす)を多く含むものを水と一緒にバケツに入れ、時間をかけてあく(アルカリ分)を抜きます。乾燥させて何度もふるいにかけることで、灰の粒子の大きさを揃えていきます。

 

 

枝と葉の灰で、長石との最適な配合を調べる

 

まず、枝灰と主原料の長石の比率を決めるために、二つの混合割合を変えた様々な「基礎釉」を作成して、素焼き盤に塗って1250℃の還元焼成を行い、発色を比較しました。

 

 

下図が実験結果です。

 

灰の割合が高いと釉薬が熔けきらず、逆に長石の割合が高いと白濁が強くなることがわかりました。そして、灰が40%の時に目標としている紫色に近い淡赤色に発色しました。

 

続いて、この実験結果が偶然のものではないことを確認するため、枝灰の割合を40%前後で細かく変化させて詳細な発色を調べました。

 

その結果、焼成温度が1230℃とやや低めの焼成では、枝の灰が37~43%において淡赤色の発色が見られ、特異的ではないことが確認できました。しかし、低温では表面がざらつき、釉薬としては機能しないと考えました。

 

 

下図はイチョウの黄色い葉(黄葉)の灰を用いた基礎釉を用いた実験の結果です。全体的に半透明な淡い緑色の発色が見られ、どの割合でも釉薬が溶け切ることがわかりました。

 

 

灰の成分、熔けやすくする補助剤、発色のための金属酸化物…理想の釉薬の条件を探る

 

続いて、X線分析システムを用いて灰の成分分析を行いました。

 

その結果、黄葉には、直接発色する酸化鉄(Ⅲ)や、釉薬を熔けやすくする酸化リンが枝より多く含まれることがわかりました。また、枝灰による赤色の発色はFe3+によるものでしたが、黄葉灰の緑色の発色はFe2+によるものであることがわかりました。

 

 

次に、釉薬を熔けやすくするために、一酸化物アルカリ元素を加えていきました。一酸化物アルカリ元素は、ガラスの網目を壊すことで釉薬の熔ける温度を下げる働きをします。

 

 

バリウム(Ba)、マグネシウム(Mg)、リン(P)の一酸化物を用いて実験をした結果が下の通りです。Baが最もよく熔けていることがわかりました。

 

 

次に、灰と長石を10gに設定し、その1%に当たる0.1gの金属酸化物を加えて発色を調べる実験を行いました。加えるものとして、赤色の発色をする銅(Cu)、釉を熔けやすくするバリウム(Ba)、質感に影響するスズ(Sn)の酸化物からなる混合物を使用しました。

 

葉灰と長石の割合が2:8の基礎釉に、様々な割合で混合物を加えた結果です。図のいちばん左がCuのみ、右のいちばん上がSnのみ、右のいちばん下がBaのみの場合です。

 

 

この中で、CuとBaとSnの混合割合がそれぞれ1:1:1、1:1:2、1:2:1の部分に着目し、混合割合を変えずに添加量を変えて実験を行いました。添加量の大小は、発色にはほとんど影響がありませんでした。

 

 

続いて、このうち比率1:1:2に焦点を当てて実験を行いました。この実験では、CuとSnの割合を1:2に固定し、Baの割合のみを変更して発色を確認しました。

 

Baを増やしていくと、赤色の発色が強まることがわかりました。そして、1:7:2の時に、最初に作ろうとしていた紫色の発色を確認することができました。

 

 

さらに美しい発色の釉薬を目指して

 

このようにして私たちは、イチョウの灰を用いた釉薬の開発に成功しました。そして、葉灰と枝灰による色の違いは、酸化物の含有量に由来すると考えました。

 

また、釉薬を熔けやすくするにはBaを添加することが有効であり、金属酸化物の添加、焼成温度の変更によって色を調整できることがわかりました。

 

今後の課題です。

 

今回の実験を通して、BaとSnを1:2で固定し、銅のみを増やしていくと、酸化物の色である緑色の発色が見られました。今後は、この発色のメカニズムを解明すると共に、他の植物の灰を用いた釉薬についても研究していきたいと思います。

 

■研究を始めた理由・経緯は?

 

愛媛県立松山南高等学校には、本校のほかに、デザイン科を設置する砥部分校があります。デザイン科には陶芸コースがあり、分校の生徒さんが砥部焼で作ったアクセサリーや小物を開発し、文化祭などで販売しています。

 

私たちは、科学的手法を用いて、高校生の視点から新しい磁器用釉薬を本校のイチョウを用いて開発し、分校の作品制作に活用していただくことで、愛媛県の特産品である砥部焼の魅力を、より幅広い世代の多くの人に広めて地域を活性化させたいと考え、本校と分校で共同研究を始めました。

 

現時点では、私たちが開発した釉薬を用いたブローチが作られていますが、今後、いろいろな製品のために使う釉薬として期待できると考えています。

 

■今回の研究にかかった時間はどのくらい?

 

研究そのものは、2017年9月から始まりました。基本的には本校の学校設定科目「スーパーサイエンス」の時間(毎週木曜の午後3時間)を中心に研究を行いましたが、他の曜日の放課後にも、平均で1週間当たり10時間程度の時間をかけました。

 

■今回の研究で苦労したことは?

 

一番苦労したことは、それぞれの作業にとても時間がかかったり、時間的な制限が大きかったりしたことです。

 

釉薬を作るための基本的な手順は、イチョウの枝葉の乾燥→燃焼→水簸(すいひ;アク抜き)→乾燥、です。枝葉の乾燥には、自然乾燥で3週間、乾燥機で12~16時間(一度に乾燥できる量に限りがあるので、何度も乾燥する必要があります)かかります。燃焼は校内で手作業で行いましたが、担当の先生に消防署への届出や周囲の住民の方へのお知らせなどをしていただきました。水簸にはおよそ3週間かかります。

 

テストピースの作製では、本校にある電気窯と分校の窯を使用させていただきましたが、分校で窯を使用する日が年間に20回と決まっているので、その日に間に合うように作業を進めなければなりませんでした。また、焼きあがったピースでもはっきりと発色していないものも多く、大変苦労しました。

 

■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?

 

陶器・磁器に関する先行研究が少なく、大変苦労しましたが、砥部分校の先生方や愛媛県窯業技術センターの職員方々、大学の先生方に御協力をいただき、研究を進めました。陶芸の専門家の方々からお話や作業の見学などで勉強した内容を生かして研究を進めました。

 

また、テストピースは1回の作業で30~50個作製しましたが、うまく発色していないものも多く、何度もやり直しをしたり、あらかじめ多めに作ったりしたので、正確には記録していませんが、トータルでは1000個近くのピースを扱ったのではないかと思います。その中から目的にあったピースを用いて考察をしています。

 

■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究

 

○『焼き物実践ガイド:陶器作りますます上達』樋口わかな(誠文堂新光社(2007))

○『素材で楽しい陶芸』(みみずく・くらふとシリーズ)島田文雄(視覚デザイン研究所・編集室(1997))

○「窯協 70,33」加藤悦三(1962)

○「愛媛県産業技術研究所研究報告 55,34」首藤喬一、中村健治(2017)

 

■今回の研究は今後も続けていきますか?

 

可能であれば研究を続けていきたいと考えています。今回の研究では、イチョウの灰を用いて紫色の発色の調整ができるようになったので、今後は他の色やガラス層の構造や化学組成に着目して、発色のメカニズムを調べたいと考えています。また、本校の後輩が釉薬の基礎研究や他の植物を用いた釉薬の開発をテーマに継続して研究を進めているので、今後の展開を楽しみにしています。

 

■ふだんの活動では何をしていますか?

 

ふだんは、学校設定科目「スーパーサイエンス」の時間や放課後を利用して活動しています。班員のうちの一人は生物部にも所属して、月に一度、社寺林における生物多様性の調査を行ってきました。また、愛媛大学のグローバルサイエンスキャンパスを受講しており、別のテーマでの研究活動も行っています。今考えると、それぞれの活動で学習したり経験したりした内容は、互いの活動で生かされており、忙しいながらもいろいろなことにチャレンジをしてよかったと考えています。

 

■総文祭に参加して

 

一つの分野でも様々な視点からのテーマの研究があり、レベルも高く、とても興味深い内容ばかりで、期間いっぱい楽しむことができました。どの発表からも研究の対象、内容、そして科学に対する愛情があふれていると感じました。この大会で受けた大きな刺激を学校に持ち帰り、クラスや部活動の仲間に伝えて、レベルアップをしていきたいです。また、他県の生徒さんとたくさんお話をしたり交流したりすることができました。この出会いを大切にして、これからの学校生活を頑張っていきたいと考えています。

 

※松山南高校の研究は、化学部門の奨励賞を受賞しました。

⇒他の高校の研究もみてみよう

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